韓国軍が前代未聞の性転換兵を除隊に
現役兵として前代未聞の男性から女性への性別適合手術を受け、軍から除隊を命じられた20代の韓国下士官が大きな話題を呼んでいる。儒教精神など伝統的価値観が根強い韓国でも近年はいわゆる「LGBT」(性的少数者)の人権擁護を求める風潮は広まっているが、士気、規律、団結などが最優先される軍から弾き出された形だ。
(ソウル・上田勇実)
トランスジェンダーの訴え却下
「人権」の主張は士気に悪影響
手術を受けたのはソウル北方の陸軍部隊に所属し、戦車操縦士として服務していた20代のビョン・ヒスさん。韓国メディアなどによると、ビョンさんは何年も前から体は男性として生まれながら心では女性であると感じるトランスジェンダーであることに悩み、ホルモン療法や心理相談を受けてきた。しかし昨年11月、休暇を取り、性別適合手術が盛んなタイで男性器を摘出したという。
ところが翌月、軍は軍服務復帰を申し出たビョンさんに対し、術後の身体的変化を「心身障害3級」と判定し、「軍人事法など関連法令上、継続して服務できない事由に該当」するとして除隊を命じた。ビョンさんは女性兵士として転属を希望したが、認められなかった。
ビョンさんは裁判所に性別取り扱い変更の審理を申請し、ビョンさんを支援する市民団体はその判断が下りるまで除隊させるか否かの判断を保留にするよう軍に要請。陳情を受けて国家人権委員会も陸軍参謀総長に保留勧告をしたが、軍では内部の意見を尊重し、除隊の決定を下したとみられている。
韓国では女優や歌手として活躍し、日本での活動歴もあるトランスジェンダーのハ・リスさんが性同一性障害を「精神病」と判定され、兵役を免除されたケースなどはある。だが、今回のように現役の軍人が性別適合手術を受けるのは初めてだ。
除隊命令を受け、ビョンさんは軍服姿で民間団体の「軍人権センター」で記者会見に臨み、小さい頃から「国と国民を守る軍人になるのが夢」で、親元を離れて下士官養成学校に通い下士官になったこと、その後、「男性同僚との辛い寮生活や過酷な下士官学校養成の課程を乗り越えてきた」が、「性別に対する違和感によるうつ病がひどくなった」ため性転換を決断したと、この間の経緯を説明した。
その上で「性的少数者の軍人たちが差別を受けない環境で各自任務を遂行できたらいい」「最前線に残って国を守る軍人としてずっと居続けたい」などと述べた。今後は行政訴訟を通じた処分取り消しを勝ち取るため法廷闘争する構えだ。
今回の除隊命令をめぐり韓国社会では賛否両論が出ている。
ある軍人団体は「規定による除隊措置は妥当だ。軍は国家を守る最後の砦。秩序と多数の構成員の人権を守るためには性転換者の軍服務は受け入れられない」と主張した。
また保守派の元警察幹部はラジオ番組で「つい最近まで男性だった性転換者と一緒にシャワーし就寝する時に多くの女性兵士は抵抗感を抱くはず。それを考えずに自分の権利だけ主張している」と述べた。
一方、左派陣営は除隊命令に反発している。性的少数者の人権擁護を訴える市民団体「性的少数者差別反対レインボー行動」は「性的少数者の存在を否定し、人権を侵害する軍の決定を糾弾する」と明らかにした。
左派系日刊紙の京郷新聞は社説でこの問題を取り上げ、「軍服務中の性転換者に対する別途の立法などがない状況で、性転換手術自体を身体障害と判断するのは差別だとする国家人権委の意見を黙殺した」と軍を批判した。
近年の韓国軍には体罰やいじめが社会問題化し、上官が腫物に触るごとく下級兵たちに接するムードさえあるという。その上、今回のような騒動でまた「人権」が叫ばれたのでは、核・ミサイルを保有する独裁国家・北朝鮮と対峙する韓国軍内部の士気にも悪影響が出よう。