ロシア台頭後押しする米大統領
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
親西側ウクライナに圧力?
在シリア米軍撤退も露に恩恵
アメリカの下院情報委員会は、トランプ大統領が自己の政治利益目的で安全保障支援資金や自身との面談を交換条件に他国に圧力をかけたか、これが弾劾・罷免に相当するかを調査している。圧力をかけられた相手はウクライナであるが、ロバート・モラー特別検察官の調査同様、疑惑の核心にはロシアとトランプ大統領の関係がある。
公式政策は新政権支援
ウクライナはユーラシアの中心に位置し、ロシア、ドイツ、ポーランドといった大国に侵攻され、東西の紛争の最前線でもあった。国の境界がしばしば変わったり、独立国家としてのウクライナが消えたりと複雑で悲惨な歴史を繰り返してきた。現在のウクライナが誕生したのはソ連邦が崩壊した1991年であるが、ウクライナ西部は西側自由民主主義体制の一部になることを望み、ウクライナ東部は親ロシアである。
大統領には親西側と親ロシアの指導者が交代で選ばれ、政治体制は安定せず、汚職や暴力が横行している。2013年、反政府威厳革命が起こり、抗議者が警察に殺害され、親ロシアのヤヌコビッチ大統領はロシアに亡命した。直後、ロシア軍がクリミア半島に侵攻、半島を併合した。ウクライナ東部のドネツク地域は独立を宣言し、親ロシア武装勢力はロシア軍の支援を受けウクライナ軍との衝突が続いている。14年7月には上空を飛行中のマレーシア航空機が撃墜されたが、国際調査団はロシア政府高官がウクライナ分離独立派に指示を出したとの結論を出している。
ゼレンスキー現大統領はテレビドラマで政治腐敗と戦い高校教師から大統領になる役で人気を博し、今年春、汚職に嫌気が差していた国民の支持を得て選出されたコメディー俳優である。ウクライナが政治的、軍事的にロシアに対抗し、安定した政治体制を築き腐敗を撲滅することが、ウクライナのためであるだけではなく、西側諸国やアメリカの安全保障にも欠かせない。この理解のもと、ウクライナ新政権を精いっぱい支援するというのが、アメリカの公式ウクライナ政策となっており、新大統領への期待は大きい。
6月には国防総省がウクライナ軍支援のため2・5億㌦を、国務省が1・41億㌦の資金援助を発表した。この合計3・91億㌦の援助は擲弾(てきだん)発射器、レーダーから通信機器までウクライナ軍がロシア軍との戦いを支援する資金であった。アメリカは14年以来、援助を続けてきているが、これは実質的だけでなく、ロシアに対しアメリカがウクライナの後押しをしているという重要なメッセージでもある。
トランプ大統領はこの支援資金とゼレンスキー大統領のホワイトハウス訪問の条件として、20年大統領選のライバルと見なされたバイデン前副大統領とその子息の汚職、そして16年の米大統領選挙にウクライナが関与したという調査を求めた。
モラー調査もアメリカの全諜報(ちょうほう)機関も米大統領選挙に介入したのはロシアと断定している。しかしトランプ大統領はこれを否定し続け、昨年の米露首脳会談後の記者会見ではプーチン大統領を前に、自国の諜報機関ではなく同氏を信じる旨の発言もし、ウクライナ新政府からは同国が介入したというロシアが広めた陰謀説の証拠を得ようとした。
ロシアは欧州各国の選挙にも介入を図っている。フランスやスウェーデンはロシアの自国への介入を発表している。英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる国民投票にもロシアは偽情報を流すなどの介入をしたとされている。
中東で足場広げた露
南アメリカではベネズエラの反米左翼マドゥロ政権を支援し、同国との軍事協力を拡大している。中東ではトランプ大統領が突如シリア北東部からの米軍撤退を決めた恩恵を受けた。ロシアはシリア内ばかりでなく地中海からイラクに至る戦略的地域で足場を拡大し、サウジアラビアやイスラエルとの関係も深め、アメリカに代わり中東の勢力バランスを動かすディールメーカーと見なされるようになった。
トランプ大統領はロシアの勢力範囲を広げているばかりでない。ロシアをめぐる言動は国内では諜報機関や官僚、政治制度への信頼を揺るがし、社会の分断を深め、国際社会ではアメリカへの信頼や威信を損なっている。ロシアの米大統領選介入を認めると自分の勝利の正当性を疑われると恐れているのであろうか。トランプ大統領の傷つきやすい自尊心はロシアに行動の自由を与え、アメリカではなくロシアを「再び偉大に」している。
(かせ・みき)






