急接近するオーストリアと露

小林 宏晨日本大学名誉教授 小林 宏晨

外相披露宴にプーチン氏
立ち位置問われるEU議長国

 オーストリア南部に位置するシュタイアマルク州のあるゲストハウスで8月18日、オーストリア外相カリン・クナイスル氏(53)の結婚披露宴が開催された。この披露宴には外相の招待を受けたロシア大統領ウラジミール・プーチン氏も出席した。プーチン大統領は、大きな花束と二、三の贈り物を花嫁に捧げ、引き連れてきた10人編成のドン・コサック合唱隊に婚礼祝いの歌を合唱させ、自らはお祝いの言葉をドイツ語で述べた後、花婿の求めに応じて、花嫁とダンスをした。この光景はロシアのメディアを含めて全世界に配信された。宴への出席の後、プーチン氏は、ゲストハウスからグラーツ空港までの50キロをクルツ・オーストリア首相によって同一車両で見送られた。

 さて本稿の目的は、招待したオーストリア側と出席したロシア側(プーチン氏)それぞれのメリットとデメリットについて検討するところにある。

 2014年ロシア軍事力によるクリミア半島の併合、東ウクライナ内戦へのロシアの軍事介入等により、ロシアはなかんずく欧州連合(EU)の経済制裁の対象となっている。従ってロシアにとっては、これまでの軍事力による獲得物を放棄せずにEUとの関係改善を獲得する事が喫緊の課題となっている。なおオーストリアは、18年後半、EU理事会の議長国となっており、ロシア側としては、欧州における孤立から脱却するために自国に対するオーストリアの好意的態度が不可欠と感じている。従ってオーストリア外相の披露宴への招待は渡りに船の感があった。

 なおクルツ・オーストリア首相の所属するオーストリア国民党と連立を組むオーストリア自由党は、ロシアの現与党・統一ロシアと友好関係にあり、友好協定を結んではいるが、これまでクレムリンの中枢たるプーチン氏への直接のアクセスを有していなかった。副首相兼オーストリア自由党党首シュトラッへ氏はこの状況の改善を試みた。氏はオーストリア外務省の高級官僚で無所属のカリン・クナイスル氏を外相に指名した。しかも新外相はプーチン氏が6月オーストリアを訪問した折に氏を自らの結婚披露宴に招待した。そして招待者(外相)も出席者(プーチン氏)もメディアに対しては「この宴が全く政治的背景の無い純粋に私的なものだ。」と強調した。

 ともあれ、外交のプロやメディア論者の中で、この主張を額面通りに受け取る者はいない。重要な点はその成果であるが、それは即座には表れるような代物ではない。

 プーチン大統領の出席に対する批判は、まずウクライナとオーストリア野党の側から発せられた。ウクライナ議会対外政策委員長ハナ・ホプコ女史は、オーストリアが結婚式への招待状をプーチン氏に出すことによって、もはや自らがウクライナ事項における中立的仲介者たり得ないことを示したと攻撃した。これに対してオーストリア外務省は、この種の結婚披露宴は主に私的なお祝いであり、このお祝いへの個人的な出席は、オーストリアの対外的立ち位置を変えるものではないと説明。ウクライナ外相パヴィロ・クリイムキン氏は、これを否定し、オーストリア外務省がこの「私的な出席」を正当化するための努力を示していること自体が、その政治的背景を示している、と反論した。

 オーストリア社会民主党の欧州担当委員イエルグ・ライヒトフリード氏は、オーストリアの外交上の立ち位置が危険に晒(さら)されたと主張した。しかもこの立ち位置は、オーストリアがEU理事会の議長国になるに及んで、ますます危険に晒されることになる。氏はさらに、プーチン・ロシア大統領の披露宴出席を、「奇異で、幼稚で、オーストリアの対外政策的立ち位置を危険に晒す」と位置付けている。

 最後にロシア問題の専門家でインスブルック大学のゲアハルト・マンゴット教授の結論によれば、プーチン氏の出席は「オーストリアにとって不利に作用する」「クナイスル・オーストリア外相には有利に作用。与党たるオーストリア自由党には非常に有利に作用するが、オーストリア国家の信憑(しんぴょう)性には不利に作用する。クナイスル外相によるプーチン氏の招待は蛮勇であり、しかもプーチン氏の出席はオーストリアがEU内部における『トロイの木馬』を演ずるのではないかとの不信を醸し出す。しかし結果としてプーチン氏は、ロシアがEU内部で社会的に歓迎されていることを顕示する機会を獲得した」。

 ソ連が崩壊し、その後継国を自任するロシアは「力による現状変更」にその力を注入する傾向を示し始め、その典型的用例が、クリミア半島の軍事併合、ウクライナ内戦への軍事介入、シリア内戦への軍事介入である。これに対しEUは、経済制裁を課して、現在に至る。ロシアは西側の統一的制裁に苦しみ、その統一的行動に風穴を開けることを試みる。その好例が、オーストリア外相の結婚披露宴へのプーチン大統領の出席である。その具体的成果はいまだ見られないが、ロシアとオーストリアの二国間的関係が好転している事実は否定できない。

(こばやし・ひろあき)