イドリブ総攻撃前夜のシリア
事前に化学兵器排除へ
反政府勢力壊滅目指す政府軍
鶏を捕獲するときには鶏小屋の隅に鶏を追い込み捕獲する。これと同じようにシリア政府は反政府勢力をシリア北西部のイドリブ県に追い込んだ。
南の戦闘で敗北した反政府勢力はバスに乗せられ家族と共にイドリブ県に入った。彼らがシリア政府の要求に素直に従ったのは、イドリブ県は反政府勢力最後の拠点であり、加えてシリア全土に残され少数となった反政府勢力が続々と同県に集まっているからである。加えてかつてアルカイダに属し、後に縁を切られたヌスラ戦線と称したイスラーム過激集団がシリア解放を目的とする集団にその目的を変え、「シリア解放戦線」と改称しており、彼らとの共闘が可能となったと判断したからである。この結果、イドリブに集まった集団がいまだ政府軍と渡り合える軍事力を有していると判断したことも、シリア政府軍の要求を受け入れた理由になっているものと思われる。
シリアは広大な砂漠に散在するオアシス国家であり、点と線による点在した状態で成り立っている。それ故、反政府勢力を完全に捕縛、排除することは難しい。反政府勢力の壊滅には一カ所に追い込み行動することが戦略的に当然の帰結である。そのことはイドリブに集まった反政府勢力も熟知するところであり、現時点でイドリブでの最後の決戦を選択することが残された唯一の方策であると結論したものと思われる。こうしてイドリブは決戦の前夜を迎えることとなった。
シリア北西部イドリブ県はトルコ国境を前にした地域で、その人口は200万人前後であるといわれていたが、反政府勢力が移動した結果、人口が300万人を超えることになったという。同地域はハマ北部と共にトルコ・シリアとの間に横たわる戦略的要地であり、シリア再建に必要不可欠な地帯である。このためシリア政府はイドリブに住むアリー派アラウィ教徒、少数キリスト教諸派等に属するアサド政権派の住民を、これから始まる戦闘を前にして安全地帯へ移動させたともいわれている。これから始まる戦闘に巻き込まれないよう配慮した上で、反政府勢力を移住させたということになる。
シリア政府の行動は反政府勢力を一カ所に集め、一気に壊滅するという作戦を考えているものと思われるが、それは「テロリストの撲滅」という国際的な同意の下で行われることになる。しかしイドリブ県に集まった反政府勢力全体をテロリストとして世界が認めることは難しく、その結果、シリア、ロシア政府に対する国際的批判は大きなものになり、それは戦後のシリア復興に少なからずの影を落とすことになるものと思われる。確かにイドリブ県に入り込んだ中には「イスラム国」(IS)の残党も多く含まれていると思われるが、国際世論への対応は難しいものになることは間違いない。
いずれにしろイドリブに対する攻撃体制は整った。欧米諸国が化学兵器の使用を認めないと宣言したことは、化学兵器を使用しなければ反政府勢力、テロ集団に対する攻撃を認めるとの解釈の下、シリア・ロシア両軍の総攻撃は避けられない。この結果、反政府勢力やテロ集団がシリア政府からの攻撃を避けるため、シリア軍・ロシア軍の仕業と見せ掛けて化学兵器を使用するということは、これまでのように十分考えられる。
そのような結果を招かないためにもシリア・ロシア両軍は開戦前の反政府勢力の状況を的確に把握し、化学兵器の排除を事前に行うことが必要不可欠な行動となる。現在シリア・ロシア両軍のイドリブ地域総攻撃は避けられないと思われる中で、シリア・ロシア両軍が足踏みしているのはこの問題の解決に時間がかかっているのではないかと思われる。
シリアにとってイドリブ攻撃は最後の戦いとなる。これによりシリア全土は反政府勢力から解放され、荒廃した国土再建に走り出すことになる。そのためには世界からの投資が拡大することが必要不可欠な環境である。そのためにもイドリブ攻撃は国際的なルールに沿って行い、終了させなければならない。
9月に入り開催されたダマスカス見本市には外国から50社、国内企業130社の企業が展示に参加した。同見本市は2011年の内戦開始から途中中断があったものの定期的にダマスカスで開催され、この内戦の特殊性を表現していたが、残すところイドリブだけとなった現在、シリアは明日に向かって走り出しているとも言える。
最終的に600万人近いシリア人が国を離れたともいわれる中で、シリアへの帰国がイドリブ攻撃と同様、注目されているが、反政府勢力参加者の帰国は許されない。それは優秀な労働力を失うことを意味するが、50%近くの国民が支持していると噂(うわさ)される多宗教、少数多民族で構成される民族環境がアサド体制を支え切れるか否かは、戦後復興のスピードにかかっていることは間違いない。
(あつみ・けんじ)