「帝国の墓場」アフガニスタン

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

中国が収拾に汗を流す番
報復阻止と国際テロの抑制を

茅原 郁生

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

 新冷戦といわれる時代の米中角逐は、バイデン米大統領により、同盟国を巻き込んだ対立の構造となってきた。現に中国もワクチン外交を展開しながら、ロシア軍との共同演習など接近を強め、8月には初の西部国境付近で中露共同訓練を大規模に実施していた。

 そのような折から、米軍のアフガニスタンからの撤退を機に、イスラム主義組織タリバンが約10日でアフガン全土を席巻し、政権樹立を宣言した。8月末にバイデン大統領は宣告通りに米軍撤退を断行したが、今後アフガン情勢はどう推移するのか、同地を根城とする国際テロは誰が抑制するのか、国際社会や大国の対応が注目される。

問題を残した米軍撤収

 そもそも米国のアフガンへの関わりは、今世紀初頭にニューヨークで発生した9・11テロへの報復としての米軍の進攻に始まる。テロ撲滅と民主政権樹立を目指してこれまで20年にわたる長期間、2・3兆ドルもの投資を含めてアフガンの政治体制改革を進めてきた。

 しかし今次アフガンでの米軍の撤退に伴うタリバンの反撃・台頭などの混乱(タリバン事件)は、短期間に全土を席巻する想定外の結果となり、問題を残した米軍撤収となった。しかしバイデン大統領の「自らを守らない国は守らない」は看過ならぬ意味深長な示唆でもあった。

 問題は国連や外交関係者だけでなく、通訳など協力した現地人への報復阻止や救出など、深刻な人道上の問題がメディアに大きく伝えられている。バイデン大統領は米国内のみならず国際社会からの批判に晒(さら)されている。

 実際、アフガンには「帝国の墓場」とも呼ばれる歴史がある。古代ギリシャのアレキサンダー大王の大遠征の失敗をはじめ、大英帝国は19世紀来3度敗れ、旧ソ連も1979~89年の侵攻に失敗し、2年後にソ連は解体した。

21日、アフガニスタンの首都カブールで、ロケット弾が発射された車を調べる治安部隊(EPA時事)

 米国は中央軍を派遣し、国際テロの抑制と民主政権樹立に向けて努力したが、ガニ大統領の国外逃亡で、芽生えていた民主政権は崩れ、長年かけた米国の夢は潰(つぶ)れた。これは米国の軍事的敗北とも見られ、そうであれば米国もまた「帝国の墓場」の墓標に名が刻まれるのか。その場合、第2次世界大戦後の世界秩序を仕切ってきたパクス・アメリカーナの終焉(しゅうえん)との見方も出てくることは否めない。

 他方、中国にとっては、アフガンは「一帯一路」戦略内の重要地域であり、在アフガン米軍勢力は裏庭に侵入してきた脅威であって、排除すべき敵でもあった。タリバン事件はその排除に繋(つな)がる好機として、中国は対米批判を強めている。さらに米中争覇に絡めて、国連安保理でのタリバンに自制を求める決議にロシアと共に棄権するなど、米国の権威失墜に繋がる行動をしている。

 また早速タリバン要人を天津に招き、王毅外相などが会談し、アフガンにも足を運んで視察会見するなど、影響力拡大に努めている。今後はロシアと共に上海協力機構を通じたアフガン対応が進むとみられ、米中角逐は地政学上のランドパワー対シーパワーの対立様相に向かう事態さえ彷彿(ほうふつ)とさせられる。

 アフガンにはタリバンの他にイスラム主義を信奉する7組織以上の武装勢力がある。親タリバン系だけではなく、「イスラム国」(IS)のように対抗組織もある中で、国民の民意をどのように集約し、イスラム主義と調和を図るのか、新タリバン政権発足には懸念が多い。財政面も含め、アフガン新政権には国際社会からの支援は不可欠である。

 ここで浮上するのが対米批判を繰り返す中国の存在である。中国は国境を接する大国であり、責任は重く、当面の報復阻止や人道上の安全に力を発揮すべきではないか。自国のウイグル族の扱いも、これまでの人権批判に対し弁明している通りであれば、イスラム主義統治に生かせるノウハウとして有用なはずであり、中国が新生アフガンの国造りに乗り出すべきで、お手並みを拝見したいものだ。

問われる支援の在り方

 その際、重要なことは当面の女性の扱いを含め人道上の問題の報復阻止であり、その上で国際テロの抑圧と国際社会と倫理観を共有でき、世界と協調できる国造りが重要となる。それは中国が21世紀の中葉には世界の最前列に立つ覇権を追求する中で、近隣の途上国支援をどう進めるか、中国の試金石となろう。今後のタリバン事件に関わる人道上の難局に立ち向かう中国の対応に注目したいものである。

(かやはら・いくお)