武漢ウイルス禍後を占う中東欧の位置

東洋学園大学教授 櫻田 淳

問われる中国への「抗性」
「一帯一路」の「潮目」に変化も

櫻田 淳

東洋学園大学教授 櫻田 淳

 武漢ウイルス禍収束後、日米両国や西欧諸国のような「西方世界」諸国が本格的に問われることになるのは、中国と向き合う論理である。

 これに関連して、「ウォールストリート・ジャーナル」紙上、エルブリッジ・コルビー(前米国国防次官補代理)とA・ウェス・ミッチェル(前米国国務次官)が連名で寄せた論稿(5月8日配信)には、次のように記される。

避けられない米中対峙

 「米国の大戦略の見直しには、欧州の同盟国に対する別のアプローチも含まれねばならない。中国が東欧を事実上、植民地化していること、さらに西欧に対しては経済・技術で浸透を図っていることに対し、欧州の同盟国が抵抗を示すことは、最低限の要件だ。最終的には、米政府が太平洋に目を向けている間は、欧州の同盟国は米国の変わらぬ支持の下で、自分たちの防衛をいま以上に自分たちで担うことができるようになる必要がある」

 そして、コルビーとミッチェルは、「米国とその同盟国は、中国と対峙(たいじ)せずして自国の利益を守ることはできない」と指摘しているのである。

 中国の欧州関与との関連上、現今、筆者が関心を寄せているのは、「21世紀のワールシュタット戦役」と呼ぶべきものが何時(いつ)、どのようにして起こるかということである。

 ワールシュタット戦役は、13世紀中葉、モンゴル帝国と神聖ローマ帝国の軍隊が激突した戦役として知られる。戦役それ自体はモンゴルが勝ったとはいえ、これ以降、モンゴル帝国の征西の勢いは止まるのである。

 中国共産党政府が展開している対外影響力拡張に「潮目」が現れるのも、習近平(中国国家主席)登場以降に推進されてきた「一帯一路」構想の西端に位置する欧州方面、特に中東欧諸国であろう。中東欧諸国において、中国が体現する権威主義性向に対する「抗性」がどれだけ備わっているかが問われる。

 たとえば、5月9日、第2次世界大戦欧州戦線終結75年に際して、米国とブルガリア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキアの中東欧9カ国は声明を発し、「ソ連が欧州を解放した」という趣旨のロシア政府の史観を一蹴している。

 中国と同様に、モンゴル帝国の統治に由来する権威主義性向を持つロシアに対して、これらの中東欧9カ国が示した距離は、中国が進めてきた権威主義浸透手法への「抗性」を示唆する。無論、たとえばポーランドやハンガリーでは、強権的な政治性向の復活が懸念されているとはいえ、それもまた、程度の問題であろう。

 翻って、セルビアでは、3月15日に非常事態宣言が出された際、アレクサンダル・ブチッチ(セルビア大統領)は、中国からの支援を求める趣旨で、「ヨーロッパの連帯は存在しない。紙に書かれたおとぎ話にすぎない。われわれは中国抜きではみずからを守ることもできない」と語っていた。

 中国政府は、その支援要請に応え、3月21日に中国医療専門家が人工呼吸器やマスク20万枚を携えて、ベオグラード空港に降り立った。

 1990年代後葉、コソボ紛争に際してNATO(北大西洋条約機構)軍事部隊の空爆を招き、後に戦争犯罪を問われたスロボダン・ミロシェビッチ(当時、セルビア大統領)の強権姿勢が象徴するように、セルビアは、政治風土の上でも社会環境の上でも、「西欧世界」よりも「ロシア世界」に近い。そこには、中国の影響力が浸透する下地がある。

限界迎える中国の隆盛

 物事は満ちれば欠けるのが世の理である。「改革開放」路線始動以降、過去40年に及ぶ中国の経済隆盛と対外影響力拡張も、その例外ではない。(敬称略)

(さくらだ・じゅん)