米政権の対北政策、正恩氏に知略争いで敗れる 千英宇氏
元韓国青瓦台外交安保首席補佐官 千英宇氏(下)
昨年、北朝鮮の核・ミサイル脅威はかつてなく高まった。トランプ米政権の対北政策を疑問視する向きもある。
金正恩委員長との間で激しい言葉の応酬が繰り返されたが、トランプ氏は言葉と行動との間に乖離(かいり)があった。実際に軍事行動に出る決断もしていないのに脅しで金委員長を屈服できるかのような錯覚をしていた面がある。北朝鮮の戦略を過小評価したための失敗だ。ホワイトハウスも国防総省や国務省の対北政策チームで核となる幹部を任命できず、十分なアドバイスを受けられない状態で何人かの意見だけを聞いて政策決定したこともあったはずだ。その結果、トランプ氏の言葉に対する信頼が失われ、金委員長も「トランプ恐れるに足らず」と判断した可能性がある。結局、トランプ氏は金委員長との知略争いで敗れ、金委員長の意図する通りに事態は進行した。
金委員長はトランプ大統領が軍事攻撃を仕掛けないと確信しているのか。
本当に軍事攻撃を仕掛けるという段階であるか否かは信憑(しんぴょう)性に裏付けられなければならない。制裁を手加減する中国への報復を通じた全面的対北経済封鎖に乗り出すという、軍事オプションよりも簡単でコストも安く済む方法があるのに米国がそれをやらないため、金委員長は米国の軍事行動を信じないだろう。
日米をはじめ西側諸国は北朝鮮核問題の解決をどう導けるだろうか。
結局、北朝鮮の体制維持に決定的な影響力を持つ中国に対し、米国が持っている圧迫手段、報復手段をどれだけ動員できるかがカギを握るだろう。言い換えれば米国が中国との関係をどこまで犠牲にできるかだ。
中国が年間数千億㌦の経済損失を被るように仕向け、それを回避するために中国が北朝鮮に対する経済封鎖に踏み切らざるを得ない場合、平和的解決の道が開かれる。しかし、米国が中国の報復を恐れて中国との全面対決構図に進むことを拒むなら北朝鮮の非核化は難しい。
今年、北朝鮮は建国70年の節目を迎える。何らかの発表があるだろうか。
金委員長の治績を誇示する絶好の機会だ。弾道ミサイルの大気圏再投入技術を米国に見せつけるためにあと何回かミサイル発射実験をし、その後は経済発展、民生改善に力を注ぎ、どんな制裁下でも核を完成させ、経済発展したと住民にアピールするのではないか。
金正恩独裁体制が動揺する可能性は。
今後、制裁がさらに強化され住民生活が追い込まれ、一部に不満勢力が出てきても、体制を揺るがすまでには至らないだろう。米国を脅かす核ミサイルの保有は住民の自尊心をくすぐり、一方で住民は自由な経済活動が増えて体制への不満は増えていない。金正恩統治スタイルは全般的には住民受けがいいのかもしれない。
金正日総書記から政権交代して昔の幹部が不利益を被ったり、人事で不満がある人がいても体制全体の不安要因とみるには無理がある。金正恩体制は強固であり、崩壊の兆しは見えない。
(聞き手=ソウル・上田勇実)






