南北対話再開、北の術中にはまる恐れも 千英宇氏

危機のアジア 識者に聞く(6)

元韓国青瓦台外交安保首席補佐官 千英宇氏(上)

北朝鮮の最高指導者、金正恩労働党委員長による1月1日の新年辞から何が読み取れるか。

千英宇氏

 チョン・ヨンウ氏 1952年生まれ。慶尚南道密陽出身。釜山大学卒後、外務省入り。軽水炉事業支援企画団、駐国連代表部などで勤務後、2006年から08年まで北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の韓国首席代表。駐英大使、外務第2次官を経て李明博政権で青瓦台外交安保首席秘書官。

 韓国を完全に愚弄(ぐろう)したものだ。新年辞の核心は韓国政府が北朝鮮の平昌冬季五輪参加、南北対話再開にしがみついている点に付け込んで、自分たちが望む全てを達成させようというものだ。核・ミサイルの大量生産、実戦配備に拍車を掛ける一方、五輪参加と対話再開の見返りに米韓合同軍事演習を中断させ、米軍の戦略資産の配備をさせず、南北が力を合わせて米国の北進統一に対抗しようという提案だ。

 韓国を核の人質として見なし、韓国を米国による対北軍事攻撃の盾に利用しようという呆(あき)れた発想だ。韓国を国際社会の対北制裁、対北攻勢網から離脱させようという考えだ。

だが、文在寅政権は即座に南北高官級会談の開催を呼び掛け、板門店での開催がとんとん拍子に決まった。

 北朝鮮の術中にはまる恐れが強い。対話したいという思いが溢(あふ)れるばかりに北朝鮮が要求する条件通りに対話するというものだ。会談の場に出て行って恐らく突き付けてくるであろう北朝鮮の無理な要求を呑(の)むことはできないのに、ひとまず会談をしようという考えなのだろう。

まだ予断を許さないが、結局は非核化が置き去りにされるのではないか。

 文政権は南北対話を再開させれば何か解決されるだろうという漠然とした幻想を抱いているようだ。対話にこだわるあまり見たいものだけ見えているのだろう。蜃気楼(しんきろう)を見ているように。会談で韓国が北朝鮮の無理な条件を聞き入れられなくなった場合、北朝鮮側は会談をやめると言いだす可能性がある。北朝鮮としては何も失うものがないゲームだ。

北朝鮮は本当に選手団を平昌五輪に派遣してくるだろうか。

 送れない理由はない。2014年開催の仁川アジア大会にも送ってきた。金委員長自身もスポーツ好きで、馬息嶺スキー場も造らせた。独裁体制では士気高揚と団結のためにスポーツの役割は重要だ。

 ただ、北朝鮮の参加のために韓国は何かしら譲歩しなければならない。その譲歩が正当で妥当なものなのかをよく見る必要がある。

文政権は3回目の南北首脳会談を開催したがっているといわれる。仮に実現した場合、北朝鮮が要求する経済協力などに応じるだろうか。

 文政権にとっては大きな目標だろう。だが、北朝鮮が核放棄しない限り難しいかもしれない。非核化を約束し、その履行状況に応じてなら可能だろうが、その問題を離れては難しい。

 国際社会が対北圧力を強めている中、北朝鮮との経済協力を進めれば、その企業も制裁の対象になる。北朝鮮に資金が流れれば、その資金元も制裁を受ける。開城工業団地を再開させても北朝鮮の労働者を雇用したり、北朝鮮に現金を支給することはできないなどかなり制約を受ける。約10年前の第2回南北首脳会談の時と比べ、韓国としては条件が不利だ。

(聞き手=ソウル・上田勇実)