日韓慰安婦合意、新方針は弾劾デモの延長線 陳昌洙

危機のアジア 識者に聞く(8)

韓国世宗研究所所長 陳昌洙

まず昨年末の韓国作業部会による合意の検証結果について。日本側の反応は厳しかった。

陳昌洙

 ジン・チャンス 1961年生まれ。西江大学政治外交学科卒、東京大学大学院国際関係論修了(政治学博士)。韓国屈指の日本研究家。2015年12月の日韓「慰安婦」合意を受けて設立された韓国の「和解・癒やし財団」で理事を務めたが、昨年末に辞表を提出。

 国内プロセスを踏まなかった、つまり被害者である元慰安婦の意見を十分聞きながら合意に至らなかったと言いたかったのだろうが、非公開にしておくべき双方のやり取りまで報告書に書き込んだのは国際慣例に反する。韓国内でも外交関係者や有識者、マスコミの間でも憂慮する声が出ている。

2国間合意の内容を暴露するのは非常識では。

 国政介入疑惑を発端にした朴槿恵前大統領の弾劾・罷免を求めた「ろうそくデモ」の延長線上に文在寅政権が主張する「ろうそく民主主義」がある。暴露はそれに沿って踏み切ったもの。本来は非常識であっても例外的な措置としてやったのだと思う。

検証結果は、合意が朴前政権の青瓦台が独断で進めたと指摘している。これもろうそくデモの流れか。

 そうだ。実際の交渉は局長級協議とその上の高位級協議の二本立てで最後まで進められた。局長級で行き詰まったのを高位級で決めたという部分が「ろうそく民主主義」の立場では「疎通がなかった」という解釈になってしまう。だが、実際には疎通がなかったわけではない。

 また韓国は大統領制であり、権力集中度が高い。最後は青瓦台の決断で決めるのが本当に悪いとは思えない。

その後、韓国政府は再交渉を求めないものの、日本政府拠出の10億円を韓国政府予算に変え、日本にさらなる名誉回復措置を求める新方針を発表した。しかし、そう要求しておきながら文大統領は日韓未来志向に期待を寄せている。無理な話ではないのか。

 歴史問題と安全保障・経済協力はツー・トラックとして取り組むという意味なのだろうが…。日本には慰安婦問題以外の分野まで韓国に対し不信を抱かないでほしい。

合意の事実上の見直しと言える韓国方針で日本の韓国を見る目はかなり冷めてしまった。文政権はこうなることを覚悟の上だったのか。

 覚悟していただろう。慰安婦問題で日本に譲歩してはならないという世論が強く、それを優先したが、安全保障など他の分野では協力したいと思っている。歴史問題でもめて何もできなくなるというのは避けたいだろう。

 一方、慰安婦問題で強硬姿勢の市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会」からは10億円の日本への返還や合意破棄をなぜ宣言しなかったのかと突き上げを食らっている。日本との関係は悪くなり、市民団体の反発も受けるという板挟み状態だ。文政権はこうなると予測できなかったのか不思議だ。

北朝鮮の核・ミサイル脅威に対する国際社会の対北制裁が強化される中、日米韓3カ国は連携を強めるべき時だが、逆に文政権は平昌冬季五輪をきっかけに対話を加速させている。安保でも韓国に不信を抱きかねない状況だ。

 当面、北朝鮮は五輪に代表団を派遣するため武力挑発を自制するだろうし、南北対話も「核問題抜き」であるうちはそれほど問題ない。だが、五輪後、非核化を議題にしなければならなくなった時が問題だ。北朝鮮が要求する米韓軍事演習の中断や対北制裁緩和に文政権がどう応じるかによって日本との関係にも影響が出てくるだろう。

(聞き手=ソウル・上田勇実)