外患・内憂の中国・習政権
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
米中角逐長期化の裏側
党高級幹部の不祥事も相次ぐ
先に大阪で開催された20カ国・地域(G20)サミットで来日した米中両首脳は、会談で米中貿易摩擦解消に向けて閣僚級会談の継続を決めるなど関係改善が期待される様相を見せていた。しかしその後、トランプ米大統領は9月1日から中国からの輸入全品3000億㌦分に関税10%をかける、さらには中国を為替操作国に指定するなどを発表し、中国はまさにダブルパンチを受けており、米中角逐の長期化や先行きの激化が鮮明になった。
このような展開は、首脳会談後の中国側の読みの甘さに起因している。米中貿易戦争の拡大は、長期化は不可避と見た中国が対米カードを温存したい思惑から大量の米農産品輸入の手控えや遅れが裏目に出たものと言えよう。来年の選挙を睨(にら)んだトランプ大統領の焦燥感が対中制裁を拡大させたものであって、習指導部にとっては頭の痛い外患となった。米中角逐は今後、長期化が予測され、その悪影響は米中両国経済のみならず、国際社会全体にもじわじわと出始めている。
香港・台湾で反中の動き
特に為替操作国の指定で米中角逐は国際金融面にまで拡大したが、米財務省は、中国の行為は競争的な通貨切り下げを自制するとしたG20諸国間の約束にも違反すると批判している。米国の法律では、主要貿易相手国による為替操作の判断基準として、多額の経常黒字、大規模な対米貿易黒字、継続的かつ一方的な為替介入の三つを定めており、米財務省は為替操作国に認定した国との間で、通貨の過小評価是正に向けた特別協議を求めることが義務付けられている。
また中国は香港での空前の大規模反中デモの反復が示すような「獅子身中の虫」を抱え、米国の攻勢のみならず国際的な人権、人道問題への批判も外患となって、禁じ手の軍事介入まで見据えている。台湾問題でも米国製兵器の購入の拡大などが台湾の「1国2制度」の拒絶を勇気づけており、中国の足元で広がる難題も習政権の外患となっている。そこには習主席が国内引き締めと求心力維持のために武力統一など冒険的な行動に出る危険性も内在している。
加えて中国内政でも内憂の種は尽きない。習1期政権時代に強行した党幹部も容赦しない「ハエもトラも」の反腐敗闘争によって習主席は求心力を強め、権力集中に成功してきた。実際、「刑は政治局常務委員(常委)には及ばず」の不文律にもかかわらず、周永康元常委の無期懲役判決など最高級幹部までやり玉に挙げた浄化作戦は徹底して進められ、なお継続中である。現に猛宏偉公安省次官(前国際刑事機構総裁)の汚職事件の裁判が公開されたように、汚職摘発は続いている。本事件は取り締まるべき側の高級幹部の汚職摘発という皮肉であり、氷山の一角である。
ここから類推できることは共産党独裁体制を揺るがしかねない支配体制疲労であり、モラルの低下や統治態勢の弛緩(しかん)が露呈している。政権の足元が揺らぐ不祥事の続発に国家統治体系と能力の近代化を重視した「党・国家機構改革深化総括会議」の開催、「新時代の党の自己革命」の強調のため中央政治局集団学習の開催、「習思想学習要項出版座談会」などで自ら先頭に立って叱責・激励講演が繰り返されている。これら引き締め対処の裏には、習主席は権力集中に成功したものの万民が認める権威を伴った統治ができていないという内憂と焦燥感がある。
抜本的な政治改革必要
このようにトランプ大統領の対中強圧は功を奏しているが、どのような形で米中角逐は収束されるのか、見通しは立たない。根本的には中国が共産党独裁統治の下に目指す社会主義市場経済に問題があるのではないか。中国の特異な国家資本主義が国際社会に馴染(なじ)み切れないまま、経済面では自由貿易など市場経済の恩恵を享受しつつ、政治面では共産党独裁体制を強化・維持しようとする矛盾である。中国はグローバル化が進む世界にあって国際秩序に収まるよう抜本的な政治改革に着手する時代を迎えている。
この時期にわが国は北朝鮮のみならず韓国、ロシアなどとも軋轢(あつれき)を抱えているが、この混沌(こんとん)とした国際状況にあってわが国は、安全保障は日米同盟に依存し、経済は中国市場に依存を強めており、まずは米中角逐の緩和に向けた自立した外交の展開が求められている。(8・15記)
(かやはら・いくお)






