軍事外交を積極展開する中国

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

合同演習と国際会議参加
軍要人や艦艇の相互訪問も

 先のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議では、ペンス米副大統領と習近平中国国家主席の激しい応酬で、ついに共同宣言が発出できないまま閉幕という初事態を迎えていた。その延長で、アルゼンチンでの20カ国・地域首脳会議(G20サミット)での米中首脳会談が注目されたが、決裂は一応回避された。

 米中間の当面の最大課題は現に進行中の貿易戦争にあるが、その陰には米中間の安全保障面での鬩(せめ)ぎ合いも同時に反復されており、それを看過してはなるまい。その典型には、ワシントンで開催された米中閣僚級外交・安保対話があるが、中国はこれまでも軍事外交を積極的に展開してきた。

 米中安保対話は11月9日に米国務省で開催され、米側からポンペオ国務長官、マティス国防長官が、中国側からは楊潔篪政治局員・中央外事工作委員会弁公庁主任と魏鳳和国防部長が出席した。課題は、米側によると①米中大枠関係②戦略的安保と米中軍事関係③北朝鮮問題④アフガニスタンなど地域の安保問題⑤南シナ海問題⑥台湾問題⑦新疆ウイグル問題⑧米国における中国の内政干渉⑨麻薬撲滅―など多方面にわたる討議があった。特に南シナ海問題では、米側から埋め立て地からのミサイル撤去が求められたが、中国側は自国領の自衛措置と突っぱね、自由航行作戦中止を求めるなどの反発があった。

 同時に中国は米国からの地政学的圧力に対応するよう軍事外交を展開している。現に米中安保対話に先立ち、中国は10月22~28日に東南アジア諸国連合(ASEAN)との合同軍事演習「海上合同演習2018」を広東省湛江沖で実施し、また審議中の「南シナ海行動規範」(COC)では域外国との軍事演習はしないなどの規定化を図る取引の軍事外交も展開していた。その前段として8月にはチャンギ海軍基地でシンガポール海軍と海難事故操作訓練などを実施するなど、中国は軍事・安保面で対外戦略を展開し、米中角逐に備えていた。

 ちなみに中国では、外交はわが国のように国家外交部門の専管ではなく、多くの機関が対外戦略を展開している。最も強力な対外戦略は党中央外事工作領導小組を頂点とする党中央対外連絡部系統の外交があり、行政府でも外交部のみならず軍事、経済などの部門でもそれぞれの外交を展開している。国防部門では国際会議や会談の外に軍要人や艦艇の相互訪問などの軍事外交を展開している。

 最近の事例でも、本年6月に北京で第1回中国・アフリカ防衛安全フォーラムが開催され、アフリカ連合はじめ50カ国の参謀総長など軍代表と協議をしていた。またマティス国防長官の訪中時には、軍人トップの許基亮空軍大将が会見(6月28日)しており、魏鳳和国防部長もマティス長官と会談(同27日)し、さらにロシア陸軍司令官とも戦略的パートナー関係強化の会談(7月3日)などを展開していた。その他に魏国防部長はミャンマーの実質的トップであるスー・チー国家顧問と国境の安定維持での会談(6月15日)、カンボジアのフン・セン首相と両国とのパートナー関係発展についての会談(同18日)などの軍事外交を重ねている。

 また海軍艦艇による対外活動としてはアデン湾に第29次までの船舶護衛艦隊を参加させている。関連してジブチに海軍基地を建設するなどの警戒すべき事案も付随するが、海賊対処や海域の安定化活動に中国海軍艦艇はプレゼンスを誇示している。注目すべきは中国の派遣艦隊はアデン湾への往復路を利用してインド洋や地中海沿岸の諸国に親善訪問を繰り返していることである。6月にはその任務を終えたミサイル護衛艦「濱州」号が、ポーランド海軍建軍100周年記念式典に参加。さらに記念シンポジウムやスポーツ親善試合、記念碑の建立・除幕まで実施していた。中国の海軍の対外活動は巧みで、その他にも海軍病院船「平和の方舟」をもって定期的にアフリカやカリブ海を含む中南米を巡回しながら、医療途上国での診断や衛生支援を進め、人道的活動として認知度を高めている。

 G20サミットと米中首脳会談で見られたように米中間での「アメリカ・ファースト」と「偉大な中華の復興」の激突は抑制されたものの、その根底には昨秋の共産党第19回大会(19大)でパックス・アメリカーナに代わるパックス・シニカの野望への根深い対中不信と懸念があることには変わりない。

 当面、米中貿易戦争の激突は回避の動きが見られたものの、中国の影響力拡大は着々と軍事外交の面で進められており、国際秩序形成に中国の影響力が強化、拡大する趨勢(すうせい)は不可避とみた対応が必要である。

 同時に今次G20サミットでは、わが国の安倍外交が米中関係沈静化に果たした仲介外交の功績は大きい。しかし米中間に根本的な不信感が残る中で、米中関係の安定化は楽観を許さず、華為技術(ファーウェイ)事案のように先端技術面の覇権争いは激化し、長引こう。米国を中心に同盟国群の一致団結と協力した対応の必要性は高まっている。その上で米国には安保を重視した同盟関係への柔軟な対応を、中国には責任大国への成熟を求め続けることが重要になる。

(かやはら・いくお)