豪「エルサレムに大使館」検討
ユダヤ票獲得狙う与党
総選挙に向け資金源確保も
オーストラリアのモリソン首相は10月16日、エルサレムをイスラエルの首都として公式に認め、商都テルアビブに設置されている豪州大使館のエルサレム移転を目下検討中であると記者会見の場で発表した。実現すれば今年5月に移転を断行したトランプ米政権に追随する動きとなる。
エルサレムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教、三つの宗教にとり共通の聖地である。それ故、国際社会はエルサレムの帰属問題についてはイスラエル・パレスチナ間の和平交渉で解決することを基本原則としてきた。また「エルサレムを自国の首都である」と明言するイスラエル側の主張を退けてきた。その結果、若干の対米従属の小国を除けば、大半の国々は大使館をテルアビブに設置しているのだ。
そうした中、今回の「モリソン発言」に対してパレスチナ自治政府やそれに同調するアラブ諸国は「中東外交のタブーを犯した発言」と見なし、激しく反発しているのだ。豪州が国際政治に一定の存在感を示す「ミドル・パワー」であるが故に見過ごしにできぬというわけだ。
突然の「モリソン発言」。背景には間近に迫った豪州下院補欠選挙があった。これに敗れれば、モリソン首相率いる与党自由党と国民党の保守連合は下院で過半数割れとなり、今後の政権運営に支障を来す恐れがあるからだ。そして問題の選挙区ウェントワースはシドニー東郊にある豪州屈指の富裕層居住区で、ユダヤ系が有権者人口の13%を占める稀有(けう)な選挙区なのだ。つまり「発言」はユダヤ票取り込みのためのラブコールだったというわけだ。
この種の甘言は在豪ユダヤ系に対してはとりわけ効果的なのだ。彼らの約半分がホロコースト難民とその子孫で占められているからだ。この割合は米、英、仏のユダヤ社会と比べ格段に大きいのだ。それ故、ホロコースト難民が建てた国、イスラエルに親族・知人を持つ者は大変多く、かの国の苦境は決してひとごととは思えないのだ。ユダヤ人国家の存立を支えようとする気持ちは他国のユダヤ系より強いのである。
戒律を遵守(じゅんしゅ)する正統派ユダヤ教徒が在豪ユダヤ教徒の過半数を占めている点も重要だ(ちなみにアメリカでは12%にすぎない)。
信仰心が強いユダヤ人ほど、民族意識も旺盛でイスラエルの右派政権を支えるタカ派シオニストとなる傾向が強いからだ。件(くだん)の「モリソン発言」の後半部分には「イラン核合意に対する豪州政府の支持を撤回することも検討中だ」という文言が含まれている。これはイラン政府が約束している「非核化の努力」を全く信用していないタカ派シオニスト側の不満に応える内容と言えよう。
「モリソン発言」の目先の狙いは下院補欠選だが、将来を見据えた狙いは来年5月の総選挙に向けての政治資金源確保の布石に他ならない。在豪ユダヤ系は総人口の0・5%にすぎないが、政治資金源としては大きな存在感を示しているからだ。実業界の大立者は米、英、仏、カナダと同じく桁外れに多い。
豪州を代表する経済誌「ビジネス・レビュー・ウィークリー」が毎年特集を組む「豪州で最も富裕な長者200人番付」に登場する大富豪のおよそ20%はユダヤ系で占められているほどだ。その代表が個人資産59億米ドル、豪州第4位(世界296位)の大金持ちフランク・ロウイ氏(87)だ。ホロコーストの生き残りとして裸一貫でこの国にたどり着いた後、ショッピング・モールの建設と経営で巨富を築いたロウイ氏は、政界への大口献金者として二大政党に影響力を及ぼしている。
ロウイ氏を中心とするユダヤ大富豪が提供する資金を原資として豪政府・議会への働き掛けを行うユダヤ・ロビーが在豪イスラエル・ユダヤ問題評議会(AIJAC=エイジャックと発音する)だ。ロウイ氏とは一心同体の関係にあるAIJACはアメリカのタカ派ユダヤ・ロビーの横綱、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC=エイパックと発音する)とは「本家と分家」の関係にあり、対パレスチナ・対イラン強硬姿勢を共有しているのだ。AIJACは保守系の自由党と国民党を中心に豪州国会議員団に働き掛けを行い、多くの議員たちを「イスラエルの友」とすることに成功してきた。その結果、歴代豪州政権はおおむね、国連総会の場で親イスラエルの立場を取ってきたのだ。
さて今回の「モリソン発言」。イスラエルのネタニヤフ政権やトランプ米政権の中東政策への追随を示した内容だが、AIJACの意向をくみ取ったものであるとの臆測がささやかれている。ユダヤ・ロビーといえばアメリカのそれがつとに名高いが、豪州のそれも小粒ながら国際政治にそれなりの影響力を示し始めているということを今回の一件は示すものと言えよう。
(さとう・ただゆき)











