習中国主席の「増長」への反動

櫻田 淳東洋学園大学教授 櫻田 淳

行き詰まる覇権主義外交
党指導部による「軌道修正」も

 「ロイター通信」(7月20日配信)記事によれば、ドナルド・J・トランプ(米国大統領)は、中国からの輸入品5000億ドルに関税を賦課することができるとの見解を示した。それは、2017年時点で米国が輸入した中国製品の総額に近い水準である。トランプは、米国CNBCとのインタビューでは、「米国にとって正しいことをする。われわれは長年、中国にぼったくられてきた」と強調し、対中強硬姿勢を明確に示した。

 トランプの対中政策対応は、彼の破天荒と評すべきキャラクターを考慮に入れても、粗暴の印象を色濃くしている。ただし、こうしたトランプの粗暴とも映る対中政策対応には、米中関係の「底流」にある変化が反映されているという説明もある。

 「中華民族の偉大な復興」を掲げた習近平(中国国家主席)は、18年3月、全国人民代表大会では国家主席任期制限の撤廃を経て、自ら「皇帝」になることに道を開いた。15年、習近平麾下(きか)の中国政府は、「中国製造2025」と称される産業高度化の長期戦略を発表し、建国100周年に当たる49年に「世界一の製造強国」に達する目標を打ち出した。

 これは、特に南シナ海における中国の海洋進出に併せて、習近平が「中華民族の偉大な復興」をと呼んだものの内実を想起させる。それは、米国にとっては、軍事、経済、統治理念の面で中国が米国から「覇権」を奪取しようとしていることを意味する。トランプの粗暴とも映る対中政策展開には、こうした深いところでの対中警戒感情が反映されていると観(み)ても、それは決して無理ではない。

 もっとも、中国の覇権主義対外姿勢が対米関係以外でも壁に行き当たっていることを示す材料は、確かにある。

 たとえば、インド北東部シッキム州の中印国境地帯では、17年6月以降、2カ月以上にわたり中印両軍が対峙(たいじ)し、それは、「1962年の中印国境紛争以来の緊張」として語られた。しかし、その「緊張」も今年に入って以降、急速に緩和の方向に向かっていると指摘される。中印両国は当面、領土問題などは棚上げした形で関係改善を図るのであろうというのは、平凡な観測にすぎない。

 客観的には、近年の中印関係に絡む国際政治力学は、インドに優位を与える方向に働いている。2012年12月、安倍晋三(内閣総理大臣)を政権に復帰させて以降の日本が、安倍の掲げた「日米豪印4カ国提携」戦略の下、対印提携の加速に乗り出したのは、そうした国際政治力学における最初の作用である。

 また、18年3月、エマニュエル・マクロン(フランス大統領)訪印時に、ナレンドラ・モディ(インド首相)と共に、インド洋での仏印軍事協力強化を目的とする協定に署名した。マクロンは、協定締結に際して、インド洋について、「太平洋と同様、覇権の場所になってはならない」という認識を示している。

 加えて、ドナルド・J・トランプ執政下の米国は、「太平洋軍」を「インド太平洋軍」に改称した事情に象徴されるように、「インド・太平洋」という概念を自らのものにしつつ、インド洋情勢への関与を明確に深めつつある。

 インドは、中国主導の「一帯一路」構想に乗らなかったけれども、それがインドの国際威信に負の影響を与えたわけではない。こうした情勢の一つ一つは、中印関係に絡む国際政治力学において、中国が劣位に置かれている事情を示唆する。中印関係の「雪解け」を図るべき必要性は、中国の方でこそ高いといえる。

 折しも、「時事通信」(7月21日配信)記事は、習近平主導の「強国」路線に絡む中国国内の風向きの変化を報じている。この記事は、「習氏の強権手法が米国との対立を招いた」という中国国内の国際政治専門家の声を紹介しつつ、習近平を中心とする中国共産党指導部の「軌道修正」を示唆している。そして、この記事は、「対米関係は、貿易だけでなく中国の主権に関わる南シナ海や台湾問題の要因でも悪化しており、深刻な事態になっている」と報じているのである。

 こうした中国共産党政府における「軌道修正」がどこまで実を伴ったものとして進むかは、米中関係のみならず中国を取り巻く対外関係全般を左右することになるのであろう。

 近代以降の西洋世界では、「停滞の帝国」としての中国イメージが長らく流布したけれども、それに強い影響を及ぼしたのは、往時の中国・清朝における「倨傲(きょごう)」であった。習近平の「中国夢」の内実が清朝の「倨傲」にも似たものであるならば、その末路は推して知るべしであろう。

(敬称略)

(さくらだ・じゅん)