「慰安婦報道」謝罪後の朝日、残された国際社会での名誉回復

第三者委員会発足、2ヵ月メドに提言へ

木村社長の国会喚問も

 朝日のいわゆる従軍慰安婦問題に関する検証記事への感想について、7日の衆院予算委で次世代の党の山田宏幹事長の質問に、安倍晋三首相は「朝日の従軍慰安婦に関する誤報により多くの人が苦しみ、悲しみ、怒りを覚え、日韓関係に大きな打撃を与えた。誤報を認めたのだから日本の名誉を回復するため今後、努力してほしい」と述べた。自民党の萩生田光一総裁特別補佐は6日、慰安婦問題で謝罪と反省を表明した1993年の河野洋平官房長官談話について「(米国の要請もあるので)表向き見直しはしないが、談話の役割は終わった。来年は戦後70年だから新たな首相談話を出すことで河野談話が骨抜きになっていけばいい」と述べた。この首相新談話が河野談話を事実上は否定する役割を果たす可能性がある。山田幹事長は「われわれは朝日が誤報で作り上げた慰安婦問題を意図的に放置したと考える」と述べ、その結果、朝日の木村伊量社長の国会喚問をぜひとも実現させる構えだ。

 その一方、朝日の慰安婦報道を検証する第三者委員会は9日午後、委員長の元名古屋高裁長官の中込秀樹氏ら委員が集まって初会合を開いた。2カ月をメドに具体的な報告をまとめる。

バランス欠く構成

 委員は公平公正でバランスが求められるが、7人中4、5人は朝日寄り、朝日に一定の理解を示すとみられる。外交評論家の岡本行夫氏は集団的自衛権では朝日と対立しているが、外務省OBとしてまず中立。筑波大名誉教授の波多野澄雄氏はアジア女性基金の専門委員を務め、慰安婦には強制性があったとする。ノンフィクション作家の保阪正康氏もこれに近い。東大大学院教授の林香里氏は朝日ジャーナリスト学校研究員を務める。ジャーナリスト田原総一朗氏は週刊朝日やテレ朝に番組を持つ。国際大学長の北岡伸一氏は読売にもよく書き、慰安婦問題で韓国に批判的。これでバランスをとっている。中込委員長は元高裁長官として中立を標榜。もっと人材を増やし、朝日批判の人も加えるべきだが、今は朝日が危急存亡の時、そう時間もない。委員の間で朝日に厳しい意見が出た時、朝日はどう扱うか。

 今回朝日が虚偽を認めた吉田清治氏(故人)とは何者か。戦時中に山口県労務報国会下関支部の動員部長を務めたと自称する吉田氏は朝鮮の済州島で、慰安婦にするために女性を暴力的に連れ出したと講演や著書で証言。以来、朝日は1982年以降、吉田氏の証言を32年間にわたり16回も取り上げた。現代史家の秦郁彦氏も吉田氏の証言に疑問を持ち、吉田氏の著書の出版担当者に電話したところ、「あれは小説だ」と言われたことを明らかにしている。しかし朝日は吉田証言に対する疑問の声に耳を傾けることはなく、92年3月夕刊の「窓」で「知りたくない。信じたくないことがある。だがその思いと格闘しないことには歴史は残せない」と書き、吉田証言を擁護した。今回朝日は8月5日にやっと吉田証言を虚偽と判断。虚偽判断したのは吉田氏が自らの体験として済州島で200人の若い朝鮮人女性を「狩り出した」などと朝日大阪本社版朝刊が82年に報じたもの。

 91年8月11日朝日大阪本社版は韓国在住の元慰安婦証言を「思い出すと今も涙、元朝鮮人従軍慰安婦」という見出しで掲載した。韓国在住の元慰安婦がメディアに証言したのは初めてで、大きな反響を呼んだ。報じたのは大阪社会部の植村隆記者だった。この元慰安婦は4カ月後に日本政府を相手取って補償を求める訴訟を起こした原告の一人、金学順氏だった。朝日のこの“スクープ”は朝鮮人を自ら拉致したとする吉田証言と相まって、日本人による朝鮮人女性の慰安婦強制連行が動かせない事実であると印象付けることとなった。

 朝日は、91年12月10日、従軍慰安婦の用語解説を掲載した。女子挺身隊などの名で前線に動員され、慰安所で日本軍人相手に売春させられた女性たちの俗称と定義づけた。翌92年1月4日の新年特集記事でも、従軍慰安婦を「主として朝鮮人女性を挺身隊の名目で勧誘または強制連行し、兵士たちの性の相手をさせた。その推定人数は8万人から20万人」と説明した。

国連が性奴隷認定

 国連人権委員会の特別報告官クマラスワミ女史が人権委員会に提出した報告書は、吉田証言や女子挺身隊制度による慰安婦連行説を根拠としている。事実認識が根本的に間違っている。女性挺身隊を従軍慰安婦と同等に扱うなど全く違う。慰安婦問題は日韓の外交問題を超えて広がり、96年には国連のクマラスワミ報告が、慰安婦を「強制連行された性奴隷」と認定し、2007年には米国下院が慰安婦に対する日本政府の謝罪要求を決議している。在米の韓国系市民団体は、米国のあちこちに慰安婦の像を建て、日本を国際舞台で貶(おとし)めようとしている。

 1989年6月から96年6月まで7年にわたって朝日の社長を務めた中江利忠氏(84)が、社長として4代後輩の謝罪姿勢に“喝”を入れる手記を9月25日発行の週刊新潮に寄せた。吉田清治氏によるデマが再三掲載される中、91年8月には植村隆記者による元慰安婦の聞き取りが記事に。翌年1月には慰安所に軍が関与したと報じ、93年の河野談話を経て、96年4月にはクマラスワミ報告が国連人権委員会で採択された等々、中江氏が社長を務めた期間は朝日が従軍慰安婦についての誤報を連発し、日本の名誉が大いに毀損された時期だった。

「慰安婦報道」謝罪後の朝日

朝日新聞の木村伊量社長(中央)らは記者会見で「吉田調書」と「慰安婦」報道に関して謝罪した=9月11日午後、東京・築地の同社東京本社

 中江氏はまず、このたび慰安婦報道の記事取り消しが遅きに失し、おわびしなかったことを9月11日に木村社長と幹部が謝罪した件について、私も元社長として大きな責任と反省とともに心から読者や関係者におわびする、としている。

 さらに、一連の問題の中で一番反省すべきは、こちらから自由に書いていただくようにお願いしていた池上彰氏の定期コラム「新聞ななめ読み」の掲載を、一時的に見合わせたことだ。言論の代表を標榜する本社の自殺行為だった。それを批判されたことについて記者会見で「思いもよらぬ」と答えた木村社長の真意は測りかねるが、こうした発言をするようではジャーナリズム失格だと思うし、この言葉はこの際撤回しておくべきだ。第三者委員会は翼賛委員会では意味がないわけだから、朝日の報道を批判してきた人も含め、意見を幅広く集めるべきだと思う。こうして結論を着実に、できるだけ早く出し、経営トップの交代と人心一新を果たすことだ。ここまで大きな事態を招いた以上、木村社長は交代すべきだ。私は昔の先輩としての責任を感じているから、読者および国民の疑問と期待にちゃんと答えられるような「出直し報道」が展開できるよう、必要な時は厳しい意見をぶつけることも考えている、という。

 小生は中江元社長の一年先輩で同時代記者、馬齢を重ね、広報担当として沖縄のサンゴ事件を処理してからは編集からは事実上去っていた。だから吉田清治氏も植村隆記者も全く知らない。しかし木村社長に対しては中江元社長と同じ考えだ。任務を果たしたあとは辞めるべきだ、と忠告したい。

 木村社長も第三者委の審議とともに、国会にも招かれるかもしれない。それに中江元社長らの喝も入る。木村社長にも言い分はあろう。吉田氏をどの社長の時に入れ、誰が信用して使い続けたのか。櫻井よしこ氏らが済州島の現地を踏み、吉田氏の証言は全くウソと朝日に告げてきた時、誰がそれを否定し、信用し続けたのか。社長、編集担当、編集局長、論説、当該記者の誰の責任が大きいのか。この辺を第三者委で審議し、国会に呼ばれれば答えねばなるまい。ありていに知れる限り率直にしゃべるべきだ。記事は何よりも真実の探求が先だ。元朝日ソウル特派員、前川恵司氏も「朝日も個々の記者が日韓関係より自分の気持ちなどのまま書きすぎたようだ。新聞記者は素朴な正義感が大事だが、その前に事実に忠実であるべきだ。韓国社会の反日の構造を軽く見て焚きつけてしまったようだ」と語っている。

 国際社会ではまだ吉田証言が事実として採用されている。96年に出たクマラスワミ報告が吉田証言を採用し、それがペースとなって米下院でも決議が通ってしまうし、性奴隷という言葉も使われている。国際社会に誤解が広まって、それがまた韓国に飛び火してしまった。こうなった原因としては日本政府が事実に基づいて反論しなかったことが大きいが、吉田氏を世に送り出した朝日が長年、証言を明確に否定しなかった責任も大きい。

撤回・謝罪広告を

 当面の打開策としてケント・ギルバート・カリフォルニア州弁護士は「米国と韓国で謝罪広告を出せ」と週刊文春10月9日号で次のように語る。「まず第一に朝日は米国の二大紙ニューヨークタイムズと、ロサンゼルスタイムズに広告料を支払い、見開き2面にわたって慰安婦記事の撤回と謝罪を伝える英語の文章を出してほしい。同様に朝鮮日報や中央日報など韓国主要紙にも出すべきだ。朝日は断固として記事は偽りであったことを潔く、勇ましく伝えるべきだ。そして次に木村社長自ら米国に出向きマイク・ホンダ下院議員に会うべきだ。ホンダ氏は日系米国人だが、在米韓国人団体と協力して2007年の対日批判決議を主導した米国における慰安婦像設置運動の張本人で、反日運動をしている。朝日が誤報を認めたということは、ホンダ氏の活動の根拠が無くなったということに等しい。木村社長自らがホンダ氏に会って署名記事を書くべきだ。それをするならば私は朝日を評価する。」

 朝日は今、後継社長を争っている時では断じてない。危急存亡の時だ。木村社長に重荷を背負って働いてもらわなければならない。それが決着した時は社長は辞める。現執行部も責任をとって全員辞める。後継社長はその時、社外から、それができないなら思い切って若手中堅層から選べばよい。

(ジャーナリスト)