内閣改造と党役員人事 安倍首相、長期政権へ布石

解散戦略絡み人選慎重

石破幹事長を交代、菅官房長官は留任

 

安倍首相、長期政権へ布石

9日午後、長崎市内のホテルで記者会見する安倍晋三首相

 内閣府が13日発表した4~6月のGDP(実質国内総生産)は6・8%減で東日本大震災があった11年1~3月以来の落ち込みだった。だが日本経済は年後半にかけて緩やかな成長軌道に戻りそうだ。4~6月は消費増税の反動減でマイナス成長となったが、7~9月以降は企業が設備投資を積み増し、個人消費も回復に向かうためだ。政府は2015年10月に消費税を10%まで引き上げるかどうか、年末の予算編成までに最終判断する。民間調査機関では景気が7~9月に持ち直すことで再増税に向けた経済環境が整うとの見方が多い。好景気を背景に高支持率を維持してきた安倍晋三政権は、日本経済が再増税に耐えられるかどうかをぎりぎりまで慎重に見極める考えだ。

訪日不可能の声も

 ロシア軍は12日、北方領土と千島列島で千人以上が参加する軍事演習を開始した。日露関係に与える影響は極めて大きく、日本政府からは今秋のプーチン大統領の訪日は不可能だとの声が上がるなど訪日は絶望的となった。

 こうして日本経済に変化の兆しがあるとしても、国際情勢に変動があっても安倍首相の姿勢には大きな変わりはない。安倍首相は9月初め行う内閣改造、自民党役員人事で、最大の焦点である石破茂幹事長を交代させ、新設する安全保障法制担当相として入閣させる意向を固めている。石破氏は幹事長としてなお党資金を運用し、地方選を差配したい考えだが、石破氏が入閣を断る場合は無役とする意向だ。首相は防衛相も務め、防衛問題に精通する石破氏が安保防衛の答弁が最適としているが、一方で石破氏とその周辺は「入閣すると行動を縛られる。幹事長留任以外なら受けるべきでない」との声も強く、入閣は石破氏の幹事長外しとの見方も広がる。石破氏の気持ちは大きく揺れている。

 石破氏は7、8両日、新潟県湯沢町に自らに近い議員約30人を集めて研修会を開いた。周辺では来秋の党総裁選へ向け、幹事長続投で党内基盤を固めるべきだとの声が強い。研修会への出席者が次々に口にしたのは来春の地方選だ。石破氏は「どうしたら日本全体が再生するか議論し、来春の統一選に臨むことが最も重要だ」と表明。最側近の鴨下一郎前国会対策委員長も「統一選で勝ち、初めて幹事長としての責任を全うできる」と述べた。周辺で続投論が根強いのは、選挙の公認権や党資金を握り、党の中枢を押さえられるからだ。石破氏周辺の多くは、幹事長を続投し党内基盤を固めた上で長期政権を視野に入れる首相からの禅譲を狙う戦略を描いている。

 入閣には石破氏本人が慎重だ。石破氏は安保法制相について「他に適任者はいる」と述べ、中谷元元防衛庁長官や岩屋毅党安全保障調査会長らの名を挙げる。石破氏側近からも、首相の思惑は「内閣への封じ込め」とみて「入閣すれば総裁を目指す政治家としては終わりだ」との声もあがる。首相が幹事長続投を認めなければ「無役に転じて安倍政権と距離をとった方が総裁選にはプラス」との声がある。

 ただ石破氏周辺は「これまでの政治人生で人事を打診され、断ったことはない」とも述べており、最終的には安保担当相を受けるのでは、との見方もある。次期総裁選まであと1年。今回の人事は首相にも石破氏にも難しい決断になる。ポスト安倍の最有力候補である石破氏が首相と距離を置くようになると、安定していた安倍政権の基盤が揺らぐ可能性もある。

安保担当相に最適

 政府は集団的自衛権行使などの関連法案を来春の通常国会に一括提案する方針だが、この秋の臨時国会以降、野党の追及を受けるのは確実だ。防衛相などを歴任した石破氏ならば、国会審議を乗り切ることが可能とみる。石破氏の幹事長としての在職期間はまもなく2年。河野洋平氏が党総裁となった1993年以降、幹事長を連続2年以上務めたのは森喜朗、加藤紘一、山崎拓、石原伸晃の4氏しかいない。主要派閥でも「石破氏は交代していい頃だ」との声も出る。石破氏が総裁選出馬を前提に入閣を拒否した場合、「石破氏は安全保障政策よりも、自分の将来の方が大事だったのか」と冷ややかな見方が広がる可能性もある。11月には沖縄知事選、12月には消費税率引き上げ判断など、安倍政権には難しい課題が待ち受けている。来年9月に、首相は党総裁の任期切れを迎える。石破氏側近は「安倍政権がつまずけば、一気に政局になる。石破氏にその策がなくても、周りが石破氏を反安倍でかつぐ可能性だってある」と語っている。首相は周辺に「石破氏が無役になれば、私にとっても総裁選のリスクは高まるが、安保担当相に最適であることも事実だ」と語り、考えを変えるつもりはないようだ。

 首相は石破幹事長とともに野田聖子総務会長、高市早苗政調会長も交代させる。政調会長後任には稲田朋美行政改革相が挙がる。

 安倍首相は9日、長崎市内で菅義偉官房長官を留任させる意向を表明した。内閣の要となる官房長官をはじめ首相官邸の布陣を継続することで、首相は官邸主導の政権運営を継続する。次期衆院選の時期など解散戦略でも菅氏の力量に期待している。

 安倍首相は、麻生太郎副総理兼財務相と甘利明経済再生相を留任させる方針も固めている。安倍政権は、消費税率10%への再引き上げの是非を年末に判断するほか、法人税の実効税率引き下げといった経済財政の重要課題を抱えている。麻生氏にこうした重責を引き続き担わせる。甘利氏も、早期妥結を目指す環太平洋連携協定(TPP)交渉や成長戦略の具体化に取り組んでおり、継続性を重視して留任させる。

 石破幹事長の後任として本命視されてきているのが岸田文雄外相だ。首相に近い議員は「党に配慮する意味で、派閥会長の岸田氏の起用はあり得る」と指摘する。岸田氏が会長を務める岸田派は「軽武装、護憲」を掲げ古賀誠元幹事長らを中心に首相とは政策的な違いもある。ただ岸田氏は首相の外交方針を忠実に実行し、首相の信頼を得ている。岸田氏が幹事長になれば同派(衆院32人、参院12人)の協力も見込める。首相にとってイエスマンといわれる岸田氏を幹事長に据えれば、官邸主導の政権運営を続けられよう。

 次期幹事長は、来春の統一地方選の責任者となるほか、今年10月の福島知事選、11月の沖縄知事選など苦戦が予想される地方選の調整役も担う。このため公明党と太いパイプを持ち、経験豊富な二階俊博衆院予算委員長や細田博之幹事長代行らのベテランを据えるべきだとの意見も根強い。首相と考えの近い下村博文文科相を起用すべきだとの声もある。

 このほか首相の女性重視がどう反映されるか。首相は改造・党人事でも「女性活用は大きな課題」と強調する。しかし女性議員は数が少なく、入閣適齢期前でも起用される傾向があり、男性議員の不満の要因になる。それに議員外からの入閣者もあり得る。仮に入閣者が10人以上としても、入閣候補者60名(衆院当選5回、参院当選3回以上)のうち何人がさばけるか、難事である。

日中前向きな動き

 岸田外相と中国の王毅外相がミャンマーで会談した。福田康夫元首相が先月末、北京で習近平国家主席と会談したのに続き、前向きな動きが出てきたことを歓迎したい。沖縄県尖閣諸島の領有権や歴史認識をめぐり両国の溝はなお深いが、日中双方とも不用意な言動は慎み、知恵を出し合うべきだ。11月に北京で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)で首脳会談を実現し、関係改善につなげたい。このため岸田氏には外相留任を求める声もあるが、幹事長後任に選ばれる公算も強い。

 「長期政権のためには改造はやらざるを得ない」。歴代内閣に比べて高い支持率にもかかわらず改造する理由を問われた安倍首相の発言だ。首相の最大の狙いは長期政権を築くことだ。来年の通常国会で集団的自衛権行使に伴う安保関連法案を成立させれば総裁レースが幕を開ける。そこでこのタイミングで解散・総選挙に踏み切って勝ち、国民の信任を得れば、安倍首相を総裁選で交代させる理由が消え、無投票再選が確実になる。このため安倍首相は来夏解散もにらみつつ、9月人事で選挙実務を仕切る党幹事長や選挙応援の顔にもなる閣僚の人選を慎重に進めるとみられている。

 リスクもある。安倍政権は集団的自衛権行使を可能にする関連法案の審議を来春以降に先送りした。集団的自衛権をめぐる世論の反応は厳しく、こうした状況が続けば通常国会での論戦次第では来夏までに内閣支持率が若干落ちている可能性がある。一強多弱の国会の状況から集団的自衛権行使容認の関連法案は成立しても、そこから先の総選挙は無理筋という公算もあるわけだ。

 来夏を見送った場合、次に可能性があるのは16年夏の参院選にあわせて解散する「衆参ダブル選」だ。しかしほとんどの衆院小選挙区で自民党を支持する公明党は、投票行動が衆参にまたがって複雑となり、組織的な選挙を展開しにくいことから、これには反対だ。また16年まで解散を引っ張れば、野党再編が進んでかなり強力な野党が出現している可能性もある。

 サプライズ解散として今秋も考えられないわけではない。しかし衆院議員の任期を2年以上残すだけに、なぜ解散するのかの大義を探すのが難しい。解散戦略はこの9月の内閣改造・党役員人事とも密接に絡む。解散権を握る首相の心中はいかに―。

(ジャーナリスト)