安倍首相、憲法解釈変更に強い意欲

安倍政権と集団的自衛権、将来不透明な米抑止力

中国の海洋進出などに対抗、「双務性」向上へ

安倍首相、憲法解釈変更に強い意欲

参院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=12日午後、国会内

 安倍晋三首相が集団的自衛権の行使を容認するため、政府の憲法解釈の見直しに強い意欲を示している。12日の参院予算委で、米イージス艦がミサイルで攻撃される例を挙げ「日本のイージス艦がミサイルを撃ち落とすことは、今、集団的自衛権の行使としてできないと言われているが、それができなかった中で、日米同盟が毀損(きそん)されるのは間違いない」と答弁した。

 安倍氏は1次政権の07年、元外務省官僚や大学教授ら13人を集めて「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を発足させた。

08報告書は店晒し

 この安保法制懇が08年にまとめた報告書は「憲法9条の解釈を変えれば、集団的自衛権は使える。改憲は必要ない」と結論付けた。さらに「自衛隊とともに活動する米艦が攻撃されたとき」「米国に向けてミサイルが発射されたとき」の例を挙げ「集団的自衛権を使って対応すべきだ」とした。しかし報告書の提出時に安倍内閣はすでに退陣。続く福田康夫内閣は集団的自衛権の行使容認に慎重で、報告書はたなざらしになった。安倍氏は首相に再登板すると、昨年2月に安保法制懇を再開、同じ顔ぶれで再び議論を進めてきた。

 「我が国を取りまく安全保障環境はますます厳しさを増し、脅威は容易に国境を越えてくる」と安倍首相は今国会で集団的自衛権の行使を認める必要性を訴えた。安倍氏は、米国が他国に攻撃されても、日本が集団的自衛権を使って反撃に加われない「日米安保体制の片務性」を理由に挙げる。安倍氏は1次政権の時から、日米同盟の双務性を高める努力をしないといけないと強調。対等な同盟関係を目指してきた。

 日本に自衛権はあるが、集団的自衛権の行使は認められていないとする政府見解は70年ごろに固まった。9条による自衛権行使は「必要最小限度」にとどまるべきだとし、自国が攻撃を受けていない状態で武力を使う集団的自衛権は、その範囲を超えるため憲法上許されないとの解釈だ。60年に改定された今の条約では、米国が日本を守る義務を負う一方、憲法の制約がある日本は米国を守ることはできない。その片務的な役割分担が特徴だが、日本は代わりに国内の基地を提供し、その維持費を負担している。憲法を改正する手続きを取らず、解釈を変えて集団的自衛権を認めることは許されるが、「その行使は政策の大きな転換だ。憲法を改正して新たな条文の下で政策転換をやらなければ非常に危険だ」といった声は今も自民党の一部、特に参院や公明党内にある。

 しかし中国の軍備増強や海洋進出、北朝鮮の核ミサイルの脅威などを踏まえれば、解釈変更による日米同盟と国際連携の強化はまた急務ともいえる。首相は2月下旬の衆院予算委で「憲法解釈の最高責任者は私だ。選挙で審判を受けるのは法制局長官でなく、私だ」と答弁し、自民党内からも異論が出た。憲法解釈は法制局の助言を受けて内閣全体で判断するものだ。首相発言は間違ってはいない。ただ選挙に勝てば、首相が自由に解釈を変えられるかのような誤解を招いたのは残念だ。首相にはより丁寧な説明が求められよう。

 首相は6日官邸で、自民党の石破茂幹事長、高村正彦副総裁、高市早苗政調会長らと個別に会談し、憲法解釈見直しに向けた調整を本格化させるよう指示した。石破氏は会談後「首相も私も集団的自衛権の行使を可能にする思いは一致している。首相の下、これを成就させるためには、いかなることもしたいと思っている」と語った。公明党が平和の党として見直しに慎重なことから「閣議決定は見送り、国会での法案審議を通じて解釈を見直したらどうか」という。高市氏は6日「連立政権だから、自公間の詰めも行わないといけない」と述べたが、どのように解釈変更を実現するのかはまだはっきりしない。

国民的理解も必要

 安倍首相は4日の参院予算委で、集団的自衛権について「実際、行使ができなければ、持っていないのと同じことに結果としてなる」と述べ、憲法解釈を変更して行使を認めるべきだとの認識を重ねて強調。その上で「国民的理解が深まることも当然必要だ」と述べ、丁寧な説明に努める考えを示した。ただ平和の党を掲げる公明党が集団的自衛権の行使を認めることは簡単な話ではない。首相官邸と公明党との駆け引きの激化もありそうだ。

 もう一つ。もっと大きいのは安倍首相が解釈改憲を成し遂げたとして米国がどう出るかだ。米国防総省は4日、安全保障戦略の指針となる「4年ごとの国防計画見直し」(QDR)を発表した。国防予算を削減し、軍の規模を抑制せざるを得ない中、軍事力行使の必要性に慎重さを示しつつも、台頭する中国の海洋進出を念頭に今後もアジア太平洋地域を重視していく方針を掲げたものとなった。

 アジア政策では、地域の平和と安定が、米国の中心的な国益になりつつあるとして、軍事的プレゼンス強化の方針を示した。中でも2020年までに海軍の装備の6割を太平洋地域に配備すると明記したのは重要である。日本における海軍力も増強するという。警戒すべきは、アジアにおける米軍の抑止力が将来も継続するかどうか、不透明なことだ。いくら米国のアジア重視の意思が強くても、裏付けとなる資金や装備、人員が伴わなければ、看板倒れに終わる。国防総省が発表した15会計年度の国防予算は、前年度より約5・9%減った。このまま予算がしぼみ続ければ、本格削減を免れている海軍力にも影響が及ぶだろう。太平洋への60%の艦船配備は実行できたとしても、全体の隻数が減ってしまえば、米軍の抑止力は下がる。そうならないよう、日本でも偵察や警戒活動といった得意分野で米軍への協力を広げるべきだ。中国の習近平国家主席は昨年の訪米時にオバマ大統領に「広大な太平洋は米中両大国を受け入れる十分な余地がある」と伝えた。同じ第2次大戦の戦勝国として米中で太平洋を分割支配しようという野望だ。中国の軍拡に対抗するには日米安保体制の強化が必要だ。このためには日米同盟の攻守双務性はどうしても必要だろう。

 中国の第12期全国人民代表大会が5日開幕。公表された2014年の国防予算案は前年度実績を1割以上も上回り、これまでになかった戦後の国際秩序維持にも異例の形で言及。「我々は第2次世界大戦の勝利の成果と戦後の国際秩序を守り抜き、歴史の流れを逆行させることを決して許さない」。昨年末の安倍首相による靖国参拝以来、中国が国際社会に向けて使い出した文句だ。安倍政権に向けた発言なのは明らかだ。安倍首相の靖国参拝以来、中国は各国の大使らが世界各地で日本の右傾化を盛んに宣伝したり、「南京大虐殺」の犠牲者を国で追悼する日を設けたり、歴史問題で対抗措置を強めている。

 にもかかわらず中国経済の課題は山積みだ。無理な公共事業を重ねた地方政府の借金は総額約300兆円まで膨らみ、今の収入では返済がおぼつかない。改革を避けて安定を優先させる姿勢が続けば、李克強首相が「背水の陣を敷く」と表現した覚悟も、掛け声倒れとなりかねない。それにチベットや新疆ウイグル地区の離反の動きも激しい。自分の経済をゆがめ、軍事力で恫喝(どうかつ)する中国。こんな隣人には断固たる態度で臨むべきだろう。

談話の継承は不変

 こうした中国に接近する韓国の存在も大きな問題だ。韓国は旧日本軍のいわゆる従軍慰安婦問題を取り上げ①日本政府が法的責任を認める②安倍首相が謝罪する③政府予算を使った何らかの支援をする―という対応を期待し、慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた河野談話など歴史認識の明確な継承を求める。元慰安婦の賠償請求について日本は、国交正常化時に結んだ請求権協定で解決済みとの立場。それだけに日本政府との溝は深い。日本の外務省幹部も「法的責任の部分は一切譲歩できない。韓国政府は野田佳彦政権時に『首相による謝罪』などの打診を断っており、今さら過去の提案に期待されても対応は難しい」としている。

 河野談話は1993年8月に当時の河野洋平官房長官がいわゆる従軍慰安婦について旧日本軍が強制した事実があったと認めた談話だが、当時官房副長官だった石原信雄氏が先月20日の衆院予算委に参考人として出席し、談話を作成する際に「日本政府、日本軍が慰安婦を強制的に募集したことを裏付ける資料はなかった」と述べた。当時の関係者が談話の作成過程での不備を指摘した形だ。菅義偉官房長官は12日、河野談話の検証作業について「河野談話を継承するという内閣の方針には全く変わりはない」と述べた。日韓間を調整する米国の意向に沿ったものだが、政権が談話を見直さないとしている以上、何のための検証なのか根本から問われよう。外務省の斎木昭隆事務次官は12日訪韓し、24日オランダでの日韓米の3首脳会談に触れたが、韓国から「歴史認識をめぐる日本の姿勢の変化が必要」と断られた。外務省は「対日政策の原則と米国からの働きかけの間で韓国は難しい判断を迫られている」とする。

 安倍首相は6月22日の通常国会閉会後の今夏、内閣改造・党役員人事を行う。閣僚待機組を抱える自民党内には大幅改造への期待が出ているが、首相は菅長官や麻生太郎財務相らを続投させ、小幅改造にとどめたい意向。首相は今後、集団的自衛権見直しや、TPP(環太平洋連携協定)の早期妥結、クリミア半島をめぐる米露対立の中で北方領土や燃料油の問題をどうするか、さらにアベノミクスの第3の矢までで大手企業のベースアップには成功したものの非正規職員や全体の7割を占める中小企業はどうなるかなど山積する問題と取り組む。安倍政権が長期政権を担えるかどうか、これからがまさに真骨頂を発揮する時だ。(ジャーナリスト)