安倍首相、集団的自衛権行使容認に拍車
舛添要一氏が圧勝、都民は現実的選択
都知事選後の安倍政権 中長期的には問題山積
身近な福祉、防災から、国政に関する脱原発まで幅広く論議された9日投開票の東京都知事選で、都民が首都の顔に選んだのは、自身の経験から高齢者福祉や子育て政策をアピールし、自民、公明両党から支援を受けた舛添要一氏だった。脱原発は大きなうねりにならず、争点化することへの賛否も割れた。
再度の挑戦で勝利
新たな首都の顔、そして五輪の顔として舛添氏に課された責務は重い。高い知名度と自公両党の支援を背景に舛添氏は終始、選挙戦を有利に戦った。1999年に続く再度の挑戦で、舛添氏は都知事の椅子を得た。選挙で期待する政策として「医療、福祉」と「景気、雇用」を挙げる有権者が多く、細川護煕元首相のように原発の是非を最大の争点とする動きに対して有権者は現実を加味した選択をしたといえる。13兆円の予算を抱える東京は全国最大の自治体だ。その東京のリーダーとして舛添氏に規制改革や地方分権の強い旗振り役になってもらいたい。
都知事選は2011年4月、12年12月に続き3年間で3回目。都議会との関係悪化が猪瀬直樹前知事の解職の原因ともなっただけに、都議会与党で過半数を握る自公両党が支援する舛添氏の安定感に支持が集まったとの見方もできる。細川氏は小泉純一郎元首相とともに、本来は国政の課題である原発問題を前面に打ち出し、原発への賛否を有権者に迫った。小泉氏の首相時代、郵政民営化の是非に争点を絞って大勝した郵政選挙の再現を狙ったが、不発に終わった。一方、宇都宮健児氏は脱原発とともに保育所や特別養護老人ホームの待機者の解消、ブラック企業対策なども訴えた。選挙の中盤まで舛添、細川両氏に続く位置だった宇都宮氏が最終盤で追い上げたのは、こうした生活に根差した政策を重要視する都民が多かったのだろう。
安倍首相が全面支援した舛添氏の当選は、首相がこれまで蓄えた政治的資産が十分残っていることも示したのではないか。首相の政治的資産の大半は、アベノミクスの成果によってもたらされたものだ。第1の矢「金融緩和」、第2の矢「財政政策」、第3の矢は「成長戦略」だ。第1と第2の矢はかなりの効果を上げている。年明けから日経平均株価は下落したが、アベノミクスへの投資家の期待はしぼんでいない。日経平均も約1年前は1万円前後だったことを思えば、今の1万4000円台は顕著な成果だろう。
ウォールストリート・ジャーナル東京支局長のピーター・ランダース氏はこうも指摘する。靖国参拝は米国にとって驚きだった。日本を知る米国民に安倍首相の政治家像を尋ねたらナショナリストという答えが多いはずだ。日本という国家の歴史や特性を意識した行動が目立つからだ。しかし日本国内の世論調査を見ると、政権支持率はなお50%を維持している。首相参拝を支持する人が40%以上もいる。この支持は中国に対する反感の産物だとしか思えない。従来なら首相の参拝に反対または慎重だった層が、昨今の中国の増長をいまいましく感じ、首相の靖国参拝を見て、胸のつかえが下りたような気持がしたのではないか。
尖閣問題以降、中国各地で日本の店が襲われ、大使館に投石され、日本大使公用車の国旗まで奪われた。防空識別圏という空の線引きも一方的に突きつけられた。日本の人々は怒りや痛みを覚えている。日本が中国と緊張関係にあるのは仕方ないが、韓国とは仲良くできるはずだ。安倍首相は、なぜいつまでも朴槿恵大統領と会談すらできないのか。これがオバマ政権の本音だ。日韓はどちらも米国の大事な同盟国だ。米日韓は北朝鮮問題に全力で取り組まなければならない。なのに関係を改善できない日韓双方に米政府はいら立ちを強めている。
ここまでは主に舛添氏の都知事選圧勝と、同氏圧勝で万々歳の安倍政権を取り上げたが、ここからは問題点もあえて取り上げたい。舛添都知事も安倍首相も絶対ではない。選挙にもいろいろな分析と見方がある。
舛添氏の得票数211万票は、脱原発を訴えた宇都宮氏の98満票と細川氏の95万票を合わせた193万票と比べると、わずか17万票上回ったに過ぎない。今回の都知事選は候補者を一本化できなかった脱原発派の戦い方が舛添氏を利したことも否定できない。また民主党が細川氏、同党の支持母体の連合東京が舛添氏と、どうして違う候補者を支援したのか疑問だ。舛添氏は原発依存度を可能な限り少なくするという姿勢を示すとともに、東京都の再生エネルギーの割合を現在の数%から20%まで高めると具体策まで踏み込むことで、巧みに脱原発派の票も取り込んだ。生活の党の小沢一郎代表は、生活が支援した細川氏が知事選に負けたことについて「本当は負けていない。万全を期して一本化などをすれば勝てた」と述べている。
田母神票ショック
別の角度から見て、田母神俊雄氏が得た60万票余りに自民党は「30万票は出ると思ったが、驚きだ」とショックを隠さない。安倍首相を支持する保守票も流れたとみて警戒する。選挙中、自民党幹部の関心は「脱原発票」に加えて「田母神票」にも集中していた。安倍首相は実は舛添氏ではなく、田母神氏を応援している―そんなうわさがネット上で盛んに流されていたからだ。2日、東京銀座で首相と山口那津男公明党代表が舛添氏と並び立った。陣営幹部は、田母神陣営の動きを念頭に「首相は舛添支持をしっかりアピールしないといけない」として、首相の応援演説を強く進言したと明かす。
これからの問題点として、外交政策となると安倍首相は舛添氏勝利によって今までのやり方を一層強く強調していくつもりだ。まず首相は憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使容認を急ぎたい考えだ。首相は政府の有識者会議が4月にも提示する報告書を踏まえ、今夏にも解釈変更の閣議決定をめざす。安倍首相は6日の参院予算委で、集団的自衛権に絡み、自衛隊艦船と共同活動中の米韓が攻撃されたケースを例示した上で「自衛隊が反撃をやらなかったことによる日米同盟に対するダメージは、計り知れないものになる」と述べ、行使できない状態が続けば米国との同盟関係に影響が出るとの認識を示した。
首相は12日の衆院予算委で、集団的自衛権について「もう一度よく考えてみる必要がある」と解釈改憲による行使容認に重ねて意欲を表明。「(政府の)最高責任者は私だ。政府の答弁でも私が責任を持つ。(選挙による)審判を受けるのは内閣法制局長官ではない」と強調した。
オバマ大統領が4月に予定するアジア歴訪で、日本には4月22日から1泊2日の日程で滞在することが固まった。安倍首相との首脳会談では同盟強化を確認。東シナ海での防空識別圏設定など中国の挑発的な姿勢が強まる中、昨年末の安倍首相の靖国参拝ですきま風が吹いた両国関係の局面転換を進める。オバマ大統領は最終的に国賓待遇になる可能性がある。オバマ大統領は当初予定になかった訪韓については韓国側の要請に応じ受け入れた。韓国を素通りした場合、冷え込む日韓関係がさらに悪化しかねないのを懸念した。
岸田文雄外相が7日、ケリー米国務長官とワシントンで会談した。安倍首相の靖国参拝でぎくしゃくした関係を修復しようと日本側が持ちかけた。だがケリー氏が日韓関係の改善を求めるなど、信頼回復には至っていない。これに先立つ5日、ラッセル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は公聴会で、中国が突然公表した東シナ海の尖閣諸島周辺上空を含む防空識別圏について「受け入れない」と批判し、アジアでの領有権問題に踏み込んで中国批判を強めた。4月のオバマ訪日を前に、日米の同盟強化に配慮を示した可能性もある。
膠着(こうちゃく)状態にある環太平洋連携協定(TPP)について岸田、ケリーの両外相は、早期妥結に向けて日米協議を加速させることを確認した。日本の農産品5項目の関税撤廃をめぐる日米対立が続いている。新たな自由貿易体制を作るという日米共通の戦略的視点から、米国も強硬一辺倒の姿勢を見直し、一定の柔軟性を示してもらいたい。
自公間にすきま風
連立与党を組む自民、公明両党間で今すきま風も吹いている。きっかけは米軍普天間飛行場移設問題に大きな影響を与える名護市長選挙で、公明党沖縄県連が自主投票を決め、約2000票といわれる公明票の大半が移設反対の現職、稲嶺進市長に流れたことだ。公明党はこれを東京都知事選挙で完全に自民党に返したとされる。しかし集団的自衛権の行使を認めてこなかった公明党と内閣法制局が12日の衆院予算委で、行使容認に意欲的な安倍首相に配慮する答弁をした。いずれも行使を容認しない基本的な立場は維持するが、「内閣不一致」と批判されるのは困るという苦しい立場が影響したとみられる。
公明党の太田昭宏国土交通相が12日の衆院予算委で、今回、解釈変更に意欲的な首相を「認めている」「違和感はない」と答弁したのは、首相との見解の違いを追及するのをかわすためとみられる。ただ党内には慎重論が根強く、首相に完全に同調するわけにもいかないという苦しい立場だ。党幹部は「議論はいくらでもしますよということで憲法解釈による集団的自衛権の行使容認を認めたわけではない」と強調した。現在、山口代表の狙いは4月に予定される安保法制懇の報告書提出を夏ごろまで引き延ばさせ、それから内閣法制局や政府与党との協議を越年させることとみられる。来春になれば統一地方選挙を控えて憲法解釈の見直しどころではなくなるという皮算用だ。消費税を10%へ再び上げるにしろ8%に据え置くにしろ政局は経済問題を中心に動くとの読みもあるが、さて。
安倍政権は都知事選圧勝の今は良いが、少し中長期的に見れば経済がどうなるかを含め地方対策、それに公明党との関係、そして最も重要な対米、対中韓政策など多くの問題が山積している。
(ジャーナリスト)