米「失望」で勢いづく中韓、首脳会談へ道険し

内外に課題山積の安倍政権

デフレ脱却へ物足りない成長戦略、TPP交渉

負けられぬ選挙 名護、東京

 安倍晋三首相の昨年末の靖国神社参拝に始まった歴史認識問題をめぐり、米国の積極姿勢を控える態度が明らかになってきた。米国の失望の思いは変わりないが、深入りは問題解決を遠のかせると判断、当面、当事者である日中韓3カ国に自主的な対話を促す形勢だ。

中国側が交流延期

内外に課題山積の安倍政権

参拝のため伊勢神宮の内宮を訪れた安倍晋三首相(中央)ら=6日午後、三重県伊勢市

 日中両政府が今月予定していた中国メディアの訪日など三つの交流事業が取りやめになった。日本側関係者によると、中国側が内部の手続きを理由に「開催は難しい」と伝えてきたという。安倍首相の靖国参拝が影響したとみられ、ようやく再開した民間交流に水を差す政策となった。三つの交流事業は第1次安倍内閣時代の2007年に決めたもの。現在は「ジェネシス2・0」という事業名で、中国側は国務院新聞弁公室など、日本側は外務省の委託を受けた日中友好会館が窓口となっている。いずれも中国側が調整を止めており、8日、日本側に延期の意向を正式に伝えてきたという。一昨年9月の日本政府による尖閣諸島国有化の直後、交流事業は中国側の要請ですべて凍結。中国政府は昨年秋ごろ地方、民間、経済の3分野の交流事業を再開させる方針に転じ、事業再開が両政府間で確認されて準備が進められていた。

 首相の参拝直後に在日米大使館と米国務省が声明で「失望」を明記したことで、参拝に反発する中韓両国は勢いづいた。中国の王毅外相はケリー米国務長官と韓国の尹炳世外相に相次いで電話し、中国側の懸念を伝えた。韓国も朴槿恵大統領が国連の潘基文事務総長に電話し、首相批判を展開。米側はその間、ヘーゲル国防長官が4日の小野寺五典防衛相との電話で、日本と中韓両国の関係改善を要請したが、「失望」という表現は用いなかった。結局、3カ国が自分たちで対話に踏み出さなければ、問題の解決にはつながらない。米国側が介入を控えだしたのは「ボールは日中韓にある」とのメッセージだ。米国の最大のリスク要因は中国。昨年11月には東シナ海上空に防空識別圏を設定。尖閣諸島付近の空と海の挑発は今も続く。「中国がすぐに示威行動に出るとは見えない」との見立てが崩れると、米側は新たな対応を迫られよう。

 一方、安倍首相は8日のBSフジで、昨年末の自らの靖国参拝を批判する中国を念頭に「私を軍国主義者と批判する国が毎年10%以上、軍事費を20年間増やし続けている」と批判、「誰かが参拝を批判するからそうしないということ自体が間違っていて、たとえ批判されても当然の役割、責任を果たしていくべきだ」と述べた。過去にも日本の首相が靖国参拝しながら平和国家を築いてきたと指摘。「そのことを説明していけば誤解は解ける」と述べた。

 日本は安倍首相の靖国参拝を受けて、外交担当者や国会議員が相次ぎ米国を訪れ、政府や議会関係者に参拝の真意を説明する方針。首相官邸からも国家安全保障会議(日本版NSC)の谷内正太郎局長が月内にも訪米、ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)らと会談する。「戦死者らに哀悼の意を表し、不戦の誓いを新たにする」との首相参拝理由を説明する。

 安倍首相は6日、伊勢市での年頭記者会見で、デフレ脱却に最優先で取り組む決意を表明。「景気回復の実感を収入アップという形で国民に届けたい」と強調した。そのうえで「消費の拡大を通じてさらなる景気回復につなげる」と訴え、24日召集の通常国会を「好循環実現国会」と位置づけた。首相は経済の現状について「1年前の危機的状況から脱し、順調な回復軌道を歩んでいる」との認識を示し、4月からの消費税率8%への引き上げについては「経済成長、デフレ脱却と財政再建を一度に達成するほかに道はない」と強調。「さらなる構造改革を進めるため今年度半ばの成長戦略策定を目指す」と述べ、6月をメドに新たな成長戦略を打ち出す方針を明らかにした。

 首相が今年の政策目標として最重視する経済の好循環はまず、収益を改善させた企業が設備投資を増やし、社員の賃金を引き上げる。それで家計の所得が増えて消費が伸び、企業の収益が膨らむ。民間主導の持続的な好循環が生まれれば、景気回復を実感しやすくなり、デフレ脱却も展望できるようになる、というもの。

条件なく胸襟開き

 首相は通常国会を「好循環実現国会」と銘打ち、引き続き経済政策を前面に掲げる。特定秘密保護法や、靖国参拝を追及する野党側を意識するためだ。中韓との首脳会談は、首相の靖国参拝で一層遠のいた。朴大統領の「植民地支配への反省とおわびを認めた村山、河野談話を否定する言行がしきりに出ている」との批判に、首相は「前提条件をつけずに首脳同士が胸襟を開いて話をすべきだ」と反論。首相官邸は「首脳会談ができなくても、こちら日本側は困らない」と強気だが、中韓両国との対話を探ってきた外務省内では、ため息も漏れる。首相は「常に対話のドアは開かれている。首脳会談をやりたいとオープンな場で申し上げている」といつもの言葉を繰り返し、手詰まり感が浮き彫りになっている。

 「好循環実現国会」と言いながら看板倒れにしてはなるまい。まず約5・5兆円の経済対策を盛り込んだ2013年度補正予算案と、14年度大型予算案、税制関連法案の早期成立を図る必要がある。アベノミクスの第3の矢である成長戦略は物足りない。岩盤のような規制打破に踏み込み、成長に弾みをつけてもらいたい。環太平洋連携協定(TPP)交渉で自民党がコメ、麦など重要5項目の関税を聖域扱いするよう要求している点について首相は「最終的な着地点をどう見い出すか。知恵を出して大局的な判断をする」と語る。日米の溝が深く、昨年中の合意は見送られた。政府は事態打開策を急ぐべきだ。原発を代替する火力発電の燃料費増で電気料金が値上がりし、企業活動や家庭に悪影響を及ぼしている。首相は再稼働の必要性について丁寧に説明し、地元の理解を得なければならない。

 アジア太平洋地域や中東などで、国際秩序が流動化している。平和と安定を維持するには依然唯一の超大国である米国の存在が欠かせない。しかし外交・安全保障政策の中心をアジア太平洋に移すというオバマ米大統領のアジア重視政策は中東に足を取られ、順調には進んでいない。米国が取り組むべき課題はまず、東シナ海における一方的な防空識別圏設定のような国際的常識を外れた中国の膨張主義を抑止することだ。オバマ政権は、アジア太平洋で活躍する米海軍艦船を、20年までに全体の5割から6割に引き上げる構想を打ち出し、韓国には800人規模の陸軍部隊を新たに派遣し、在韓米軍を増強するという。

 経済分野では、米日が中心となってTPP交渉が大詰めを迎えている。一方、中国の習近平国家主席は、オバマ氏に「広大な太平洋には両大国を受け入れる十分な空間がある」と述べている。アジア太平洋を二つに分割し、西太平洋の中国の勢力圏拡大を米国に認めさせる構想と見られる。日本や韓国、オーストラリア、フィリピンなどの同盟国はもとより、アジアで米国の代わりに中国中心の秩序を受け入れたい国はあまりないだろう。この点、米国の慎重な対応を望む。

 安倍首相はトルコとの首脳会談で今年の外交をスタートさせた。エルドアン・トルコ首相が来日し7日安倍首相と会談、経済連携協定(EPA)の交渉を年内に始めることで合意し、原子力分野の人材育成などで日本が協力することも確認した。トルコは中東と欧州、中央アジアとの接点に位置する大国だ。トルコとの緊密な関係を、日本がこの地域の安定で存在感を示す足掛かりとしたい。首相は9日からは中東、アフリカ歴訪に出席し、自ら掲げる「地球儀を俯瞰(ふかん)する」外交を本格化。21~23の日程でスイスを訪れ、ダボス会議に出席、25~27日にはインドを訪問する。首相はこれらで交流を深め、それが米国支援にも役立とう。他方で靖国参拝で反発する中韓両国との首脳会談のメドが全くたたないのは残念だが―。

 一方、大型国政選挙が当面行われない見通しの中、安倍政権が重視するのは19日の沖縄名護市長選と2月9日の東京都知事選だ。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古移転が争点となる名護市長選は、仲井眞弘多沖縄県知事から辺野古埋め立ての承認を得た直後だけに日米同盟の立場からいっても自民党は負けられない。

細川で構図一変も

 東京都知事選は7日、本命ともみられる舛添要一元厚生労働相が立候補の意向を示し、自民は支援の方向で調整に入ったが、そこへ細川護煕元首相の名前が浮上し、構図が大きく変わる可能性も出てきた。本命の舛添氏が立候補表明するなかで「脱原発」を旗印に、細川氏と小泉純一郎元首相の連携が実現すれば、都知事選の台風の目になる。細川、小泉両氏は昨秋に会談し、脱原発での連携を約束していた。関係者は「細川氏が立候補すれば、小泉氏は絶対についてくる。小泉氏と組めば都知事選の構図が一気に変わる」と期待を込める。細川氏が出る場合、民主党も支援する。

 「五輪や防災の政策を作る」。舛添氏は8日朝、都内の自宅前で立候補の意向を正式に示した。都議会自民党は緊急総会を開催。「基本的な方向性が合えば舛添氏でどうか」。吉原修幹事長の説明に反対論は出なかった。党本部も舛添氏でいく。

 都知事選にはすでに石原慎太郎元東京都知事をバックに元航空幕僚長の田母神俊雄氏、また共社推薦で宇都宮健児元日弁連会長らが立候補を表明している。細川氏の立候補は小泉氏次第で五分五分の形勢だが、自民党にとっても負けられない一戦だけにさてどうなるか。

 内外に困難な問題は山積しているが、安倍首相には幸運にも周辺に経済面を中心に人材も多い。反対に野党は一強多弱といわれるほど人材に乏しい。今は安倍氏に調子に乗らず謙虚な姿勢で一歩一歩進めていってもらいたい。

 (ジャーナリスト)