日米同盟と集団的自衛権、ヘーゲル米国防相が行使容認を支持
自民党内に「限定容認論」広がる
慎重な公明党に包囲網
ヘーゲル米国防長官は、9日の中国の習近平国家主席との会談で、米中両国が「新しいタイプの軍事関係」の構築を目指し、軍事交流を推進することでは一致したが、東シナ海や南シナ海をめぐり日本やフィリピンなどとの緊張緩和を求める米国と、米国の関与を嫌う中国との隔たりは一向に縮まらなかった。ヘーゲル長官は沖縄尖閣諸島をめぐる日本との対立など、軍事力を背景に強圧的態度を取らないよう中国に求めたが、米国による封じ込めを警戒する中国は、尖閣を含む核心的利益については一切譲歩しないと表明。中国と具体的争点で一致点を見いだすことは難しくなった。
具体像で思惑相違
中国は今回、外国要人には公開したことのない空母「遼寧」をヘーゲル氏に視察させ、若い士官との交流の場も設け周到に演出。ヘーゲル氏が新しいタイプの軍事関係と称したのは、ひとつの収穫でもあった。でも軍事関係の具体像に関する両者の思惑の違いも明らかになった。中国の圧力を受ける日本や東南アジア各国には米国の存在感を示す必要がある。ヘーゲル氏が防空識別圏設定を非難し、米国が日本防衛に条約上の義務を負っていると明言したことは「同盟国を守る姿勢を明らかにした」と日本側は評価した 。
8日、訪中したヘーゲル国防長官との会談後、記者会見に臨んだ常万全国防相は異例の激しい調子で安倍晋三政権に肩入れする米国を強く批判し、対日封じ込めを要求した。中国が米国に求める新型大国関係について「米国は中国の言うことを聞けというのが本質であり、それが鮮明になった」と中国人研究者は語る 。
これに先立つ5日、安倍首相は来日中のヘーゲル長官と会談、憲法解釈で禁じている集団的自衛権の行使容認などを通じて日米同盟を強化する考えを明らかにし、ヘーゲル長官は安倍政権の取り組みを歓迎する意向を示した。首相はまず「アジアの安全保障環境が厳しさを増す中で、日米の強力な同盟関係は不変だというメッセージを出してもらいたい」と述べ、ヘーゲル氏は「日本の取り組みを改めて歓迎する」と集団的自衛権の行使容認の取り組みへの支持を明らかにした 。
北京で8日常万全国防相と会談したヘーゲル国防長官は、東シナ海をめぐる日中の対立について、日本との同盟関係を強調して中国に自制を求めた。常氏は領土をめぐる対立で妥協の余地はないと強調。安倍政権の歴史認識を批判し、米側に警戒を呼びかけた。「一方的に事前の相談なしに防空識別圏を設けるやり方は、緊張と誤解を呼ぶ」。ヘーゲル氏は安倍首相との会談と同様、中国側を厳しく批判。常氏も「領土や領海について中国は妥協も譲歩も取り引きもしない」と強い口調で反論した 。
こうした激しい応酬の一方で、米中双方は信頼構築の枠組みづくりにも時間を割いた。不要な緊張が高まることのないよう軍の対話を進める考えでも一致した。お互いを潜在的な脅威と警戒しつつも対話を尊重する関係は米中関係全体にも通じるが、その具体的な姿は定まらないままだ 。
ヘーゲル国防長官の訪日は、日本政府がオバマ米大統領を国賓として24、25両日招く先導役として重要な役割を果たした。安倍首相は4日の参院本会議で日米首脳会談について「安全保障や経済といった2国間の課題のみならず、朝鮮半島などの地域情勢、グローバルな課題について率直な意見交換を行いたい」と強調。両首脳は、中国による東シナ海、南シナ海への海洋進出を念頭に、航行の自由や国際法の原則に基づく紛争解決などの重要性を確認する見通しだ 。
TPP(環太平洋連携協定)では、中核となる日米両国が早期妥結の方向性を打ち出せるかどうかが焦点となる。甘利明TPP担当相とフロマン米通商代表部代表が9日東京都内で会談、コメや牛肉、豚肉をはじめとする日本の農産物重要5品目の関税の扱いや日米間の自動車貿易問題をめぐり、歩み寄りへの糸口を探った。24日の日米首脳会談までの大筋合意を目指す 。
安倍首相は政治家としてベストではないかもしれないが、少なくとも現時点では一党多弱でベターな存在ではある。現在の日本経済は、円安株高など市場環境が改善しているだけでなく、国民生活に直接関係する消費や雇用も上向いている。安倍首相の経済政策「アベノミクス」の第1の矢である大胆な金融緩和と、第2の矢である機動的な財政政策の効果がまず順調に表れている。でも第3の矢である成長戦略には非正規職員や中小企業は均霑(きんてん)せず、まだ及第点が与えられていない。
それほど心配せず
8日会見した日銀の黒田東彦総裁は、企業が消費増税後の景気減速を懸念していることについて「現在の景気のレベル自体が高く、それほど心配する必要はない」と述べた。日銀は同日の金融政策決定会合で、景気について「消費税率引き上げの影響による振りを伴いつつも、基調的には緩やかな回復を続けている」とし、これまでの判断を据え置いた。安倍首相も8日のフジテレビで「国民生活の安全安定のため、経済が最重要」と強調し、アベノミクスを引き続き進めていくことを強調した 。
安倍首相が経済に勝るとも劣らぬほど意欲を示しているのが集団的自衛権の行使容認だ。安倍氏は1次政権の07年「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を発足させ、「憲法9条の解釈を変えれば集団的自衛権は使える。改憲は必要ない」と結論付けた。しかし報告書の提出時に安倍内閣はすでに退陣。福田康夫内閣は行使容認に慎重で報告書はたなざらしになった。安倍氏は首相に再登板すると、昨年2月に安保法制懇を再開、「我が国を取りまく安全保障環境はますます厳しさを増し、脅威は容易に国境を越えてくる」と今国会で集団的自衛権の行使を認める必要性を訴えた 。
安倍首相が目指す集団的自衛権の行使容認に関し、自民党内で行使容認のケースを限定する「限定容認論」が浮上した。高村正彦副総裁が唱えるもので、党内から支持する声が上がっている。批判的だった長老の旧池田派の古賀誠氏も「限定容認論ならやむを得ない」と鉾(ほこ)を収めた。高村氏は「集団的自衛権が全て許されないのは行き過ぎだった」として限定容認論を主張。「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛措置を取り得るのは当然」とした1959年の最高裁砂川判決を示し、日本近海での米艦船防護といった必要最小限の集団的自衛権行使は認められるとの見解を表明した。額賀派会合で会長の額賀福志郎元財務相は「行使容認は個別の案件ごとに考えなければならない」と指摘。慎重派が多い参院幹部も「限定するのは当然」と賛同し、ある中堅議員は「公明党との接点を持つことが狙いではないか」との見方を示した 。
一方、公明党にとっては、限定的であっても集団的自衛権の行使容認は高いハードル。公海上での米艦防護などについては個別的自衛権の行使で対応可能というのが同党の立場で、同党幹部は高村氏の限定容認論を「自民党は憲法解釈変更ありきだ」と突き放す。高村氏は砂川判決をよりどころに行使容認への道を開きたい考えだが公明党はこれにも「やや違和感があり、論理的に飛躍である」と北側一雄副代表らは距離を置いている 。
公明党は「個別的自衛権や警察権の拡大で対応できる」として慎重な構え。日本防衛を担う米軍が海上自衛隊と共同行動するケースについては北側氏が9日「米艦への攻撃は我が国に対する攻撃の着手と言える場合もある」と説明した。こうした米艦船への攻撃は、個別的自衛権の発動要件である「日本への急迫不正の侵害」とみなせるとの解釈だ。また米国に向かう可能性がある弾道ミサイルの迎撃に関しては「日本上空の危険物を除去する」との名目で「警察権で対応できる」と主張していく構え 。
自民党内では、範囲を限定する形で集団的自衛権の行使容認論が広がっており「公明党包囲網」が築かれつつある。「自公調整は簡単ではないが、悲観する必要もない」。公明党との調整役を担う高村副総裁は9日、こう自信をのぞかせた。
欧米も眉ひそめる
安倍政権が集団的自衛権の行使容認に向けた姿勢を強める中、「朝日」は憲法に関する世論調査を行い、集団的自衛権について「行使できない立場を維持する」が昨年の調査の56%から63%に増え、「行使できるようにする」の29%を大きく上回った(7日付)。しかしこの種の調査は、中国や韓国の実情をどこまで把握し、理解しているかが大きい。特に中国は内部に困難を抱えており、共産党のイデオロギーの正当性も失われつつある。習国家主席は南京大虐殺30万人論をドイツで言い、欧米にも眉をひそめさせている。日本と同じ側に立つはずの韓国の朴槿恵大統領も、本来は相手となるはずの中国に同調している。この辺を世論調査はどこまで踏まえているのか 。
クリミア情勢は世界秩序を揺るがせた。中東は混迷し、朝鮮半島では核危機の懸念も深まる。米国は戦争に疲れ、中国は軍備を拡大する。経済面では互いを必要とする。中国は米国債を大量に持ち、米国経済を支える。米国に好感を持つ中国人も、世論調査で半数を超える。が、そうした中国人も共産党イデオロギーとはちょっと異なる。一体、習近平の属する太子党とはどんなものか。共産党と関連があるのか。中国は中長期的にどう変わるのか。ニクソン訪中から40年余り。米中関係は不信と依存、憧憬(どうけい)と実利がないまぜである。一方で米側は集団的自衛権の確立と強化を目指す日米同盟の存在も大歓迎で決して目を離せない。こうした中で訪日するオバマ大統領は果たしてどんな態度をとり、現時点でどんな判定を下すのか。
(ジャーナリスト)