安保関連法案は来年通常国会で一括審議

集団的自衛権で政府新見解

当面は景気対策、内閣改造で足場固め 中国は“歴史”国際問題化

集団的自衛権で政府新見解

豪州連邦議会での演説に際し、アボット豪首相と握手する安倍晋三首相(左)=8日午前、キャンベラの豪州連邦議会(AFP=時事)

 安倍晋三首相は、集団的自衛権行使を限定容認する新政府見解に基づく安全保障関連法案を一括して来年の通常国会に提出する方針を固めた。世論調査などで国民の理解が芳しくないという現状から、当面は景気対策や9月の内閣改造などに重点を置き、安全保障問題が前に出ることは避けるという慎重な狙いがあるようだ。

 集団的自衛権の行使容認について読売は「安倍首相が憲法解釈変更に強い意欲を示し、最後まで揺るぎない姿勢を見せたことが、困難な合意形成を実現させた」と歓迎。産経も「行使容認を政権の重要課題と位置付け、大きく前進させた」と主張。日経は「アジアの安全を守り、戦争を防いでいくうえで今回の決定は適切」と評価した。しかし朝日は「基本原理の平和憲法の根幹を、一握りの政治家だけで曲げていいはずがない」と強く批判。毎日も「歯止めは国民がかける」として米国の要請に応じることで国の存立を全うすることに疑義を示す。東京も一内閣だけの解釈改憲を批判した。ブロック紙や地方紙は反対の声が多数を占めた。賛成は3紙。反対は北海道から沖縄まで40紙あり、多くは立憲主義の否定、平和主義の危機に警鐘を鳴らしている。

今秋は懸案集中

 安倍政権は11月の沖縄知事選や、来年春の統一地方選などに悪影響を及ぼすことを心配、行使容認の方針は変えないものの、先送りに決めた。首相は6日「グレーゾーンから集団的自衛権まで幅広い法整備を一括して行っていきたい」と語り、菅義偉官房長官も7日「これから約1年かけて国民の前でしっかり議論を進めていきたい」として一呼吸を置いた形で来年通常国会で法整備する意向を示した。臨時国会に関連法案を出せば「安保がクローズアップされ、政権批判を狙う野党の思うつぼ」との政府の読みもある。今秋以降、内政、外交の懸案が目白押しだ。米軍普天間飛行場の移設が中心となる沖縄県知事選は11月16日。11月からは消費税10%への引き上げの判断も控える。8月下旬ごろには北朝鮮による拉致被害者の再調査も見込まれる。そこで安全保障に関する法案審議が選挙などとぶつかるのは避ける。安倍政権は安保の法案審議を来年春の統一地方選後に行う。自民、公明両党の選挙協力が必要な統一地方選で、公明党の協力が得にくくなる事情もあるからだ。

 集団的自衛権行使の閣議決定を1日、行った後の世論調査で読売は、安倍政権支持率が初めて5割を切り、朝日でも5割はよくなかったと答えた。日経でも集団的自衛権を「使えるようにすべきだ」が34%で「使えるようにすべきでない」の50%を下回った。地方紙に強い共同通信の世論調査でも安倍政権支持率は47・8%となった。国会は自民党の一強多弱であっても、一般の世論とは大きなずれがある。世論の賛成を得られなければ、安倍政権の究極にある憲法改正も成立しない。そこでここは慎重論でまず安倍政権に対する国民の理解を得ようとの作戦だ。首相も「残念ながら国民の理解が進んでいるとは見えない。決断を出す段階でじっくり国会で議論していただくことになれば理解は強まり、広がっていくと思う」と語った。

 安倍首相が集団的自衛権の行使容認に踏み切った最大の理由は、日本を取り巻く安全保障環境の激変だった。中国の軍事力増強や北朝鮮の核・ミサイル開発が進む一方、米国は軍事費を削減し、存在感が低下している。日本の安保体制の強化と国際社会での貢献拡大は喫緊の課題だ。中国は軍事費を10年間で4倍に増やし、尖閣諸島周辺では領海侵犯を繰り返す。南シナ海では力による現状変更により実効支配を強める。財政状況や近隣諸国との関係を考えれば、日本の防衛費を大幅に増やす選択は現実的でなく、集団的自衛権の行使容認によって自衛隊の活動拡大を、抑止力の向上につなげる狙いがあった。かくして集団的自衛権容認によって日米同盟を強化することで中国に対する抑止力を高める必要が出てきたのだ。

 政府は1日の臨時閣議で、憲法解釈上できないとされてきた集団的自衛権の行使を限定容認する新たな政府見解を決めた。限定容認する新3要件として「日本と密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」などを掲げ、首相は「明確な歯止めになっている。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない」と述べた。政府はこの基本方針は変えない。しかし世論調査の結果で国民の理解はまだまだと見、当面は景気対策や秋の内閣改造などの足場固めに力を注ぎ、安保関連法案の審議は来年通常国会の統一地方選後に定めた。

9月に担当相を

 安倍首相は6日「幅広い法整備を一括して行っていきたい。大きな改正になるので9月の内閣改造で担当相を置きたい」と述べた。地方の活性化に取り組む「地方創生本部」の担当相も置く。自らの経済政策アベノミクスの効果を地方に波及させ、経済中心の政権運営で支持率回復を目指す。

 公明党内にはこれまでの与党調整が自民党のペースで進んだとの不満がくすぶる。法整備では集団的自衛権の行使にどう歯止めをかけるかが再び焦点となる。首相はまずは与党の意思統一を優先する必要があると判断しているとみられる。

 こうした中でオセアニア歴訪中の安倍首相は8日、オーストラリアのアボット首相と会談し、経済連携協定(EPA)と防衛整備品の共同開発に関する協定を結んだ。両首脳が経済、安保両面で急接近する背景には、アジア太平洋に触手を伸ばす中国への強い警戒感がある。アボット首相は「日本は法の支配の下で行動をとってきた一級の国際市民だ」と評価した。

 韓国を国賓として訪問した中国の習近平国家主席は4日、ソウル大学での講演で「日本軍国主義者が中韓に野蛮な侵略を強行した」と対日批判を展開した上で、「対日戦争が最も激しかった時、両国民は生死を共にして互いに助け合った」と訴えた。反日共闘を持ち出し、靖国参拝やいわゆる従軍慰安婦問題などでの安倍政権の対応をけん制した。日中全面戦争の発端となった盧溝橋事件から77年を迎えた7日には習主席が式典で、安倍政権の歴史認識を念頭に日本を批判した。習主席は「侵略の歴史を美化する者を、中国と各国人民は決して認めない」と強調。こうした動きは「歴史問題で安倍政権への妥協はありえない」(外務省幹部)との基本方針が変わっていない表れだ。菅官房長官は習主席演説について「いたずらに歴史問題を国際問題化することは、地域の平和と協力のために何ら役立つものではない」と不快感を示し「平和国家としての我が国の歩みは国際社会に高く評価されている」と強調。「未来志向の協力関係を発展させる姿勢こそが、国家の指導者として求められるのではないか」と注文をつけた。

 朝日の集団的自衛権の閣議決定批判も手厳しい。1日の閣議決定に対し、歴代内閣は長年、憲法9条の解釈で集団的自衛権の行使を禁じてきた。安倍首相は、その積み重ねを崩し、憲法の柱である平和主義を根本から覆す解釈改憲を行った。1日は自衛隊発足から60年。第2次世界大戦での多くの犠牲と反省の上に立ち、平和国家の歩みを続け、専守防衛に徹してきた日本が、直接攻撃されていなくても他国の戦争に加わることができる国に大きく転換した日となった―とする。

 首相は「戦争する国になることは断じてない」と訴えるが、自衛隊の海外派遣に制約をなくせば、周辺諸国を刺激して軍拡競争を招くおそれもある。日本として今の中韓両国、特に中国に注文をつけたいことは軍事分野を含め山ほどある。そのためにも歴史問題を政治問題化させる不毛を断ち切り、3カ国による首脳会談の再開を目指すべく、一歩を踏み出す時が来ているとする。しかし中国との距離はあまりに遠い。

溝の深さ鮮明に

 結局、集団的自衛権容認の問題は、今の中国をどう評価するかにかかってくる。「米中戦略・経済対話」が9日北京で開かれ、習主席とケリー米国務長官らが米中対立を避けて協力できる分野を増やす「新型大国関係」を目指す考えを確認した。だが具体的な道筋をめぐっては米中の主張に根本的な違いがあり、溝の深さも鮮明になった。オバマ米大統領は習氏の演説が終わるころ、ホワイトハウスから声明を発表。「我々が合意している新しいモデルとは、現実的な協力を増やし、両国の意思の違いを建設的にコントロールすることだ」と指摘。東シナ海や南シナ海で中国が実効支配を強める動きや、サイバー攻撃をめぐり、現実には多くの複雑な問題を抱えていることを示唆した。

 ヘーゲル米国防長官は1日、安倍政権が集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈変更を閣議決定したことについて直ちに「日本政府の新たな政策を歓迎する。日米同盟はさらに効果的なものになり、地域や世界の平和と安全により多くの貢献を果たそうとする日本にとって重要な一歩だ」と評価した。集団的自衛権の行使を米長官は歓迎し、習国家主席は根本的に批判する。

 結局、日本としては集団的自衛権を容認して日米同盟を強化、これを抑止力として習主席に対抗するか、日中関係は人民同士の交流にまかせてしばらく見守り、尖閣諸島の帰属は習主席にまかせるしかない。習主席は強硬だ。したがって我々は集団的自衛権の行使容認、それも限定的ならもちろん容認せざるを得ない。しばらく時を置いても、となる。

 「日本の領土、領海、そして日本人の命を断固として守る。尖閣を中国が実効支配しようとしているが、私たちは断固としてこの島を守る。そのためにはまず日米同盟をふさわしいものにしなければならない。そのためにも集団的自衛権行使を認めていく必要がある」―これは2012年9月、野党である自民党総裁に元首相として再び立候補し当選した際の安倍氏の発言である。これをどう見るか。

(ジャーナリスト)