訪欧首相と集団的自衛権

閣議決定、通常国会後に延期へ

公明に配慮と圧力、グレーゾーン協議も

憲法で党内複雑な民主

 

訪欧首相と集団的自衛権

訪問先のパリの日本大使公邸で開かれた歓迎会で、オランド仏大統領(左)に和食をふるまう安倍晋三首相(右)=5日、パリ(時事)

 集団的自衛権の行使容認をめぐる憲法解釈の変更、見直しについて、憲法改正には相当、時間がかかるので当面、政府の解釈変更と国会による自衛隊法などの改正で対応すべきだとの判断と、時の政権の意向だけで憲法解釈が変えられては、権力に縛りをかける立憲主義が侵されるとして反対する声が対立している。立憲主義が侵されるとして平和主義を崩すな、といった声は予想外に強く、両者が相半ばしているという世論調査さえある。「日経」とテレビ東京が憲法記念日を前に共同実施した世論調査で、憲法について「現在のままでよい」と「改正すべきだ」がともに44%になった。同じ方法で調査している2004年以降で、現状維持は過去最高、改憲支持は過去最低。これまでずっと改憲支持が上回っていたが今回、初めて並んだ。

 安倍晋三政権は他国を武力で守る集団的自衛権行使を容認する閣議決定を6月22日に会期末を迎える通常国会の閉会後に延期する方向で最終調整に入った。政権側は公明党に配慮することで譲歩を引き出す狙いだ。しかし閣議決定の方針は変わらず、時期を大幅に譲るつもりもない。政権の配慮は、公明党に決断を迫る圧力ともなっている。

「連立離脱」は封印

 首相の譲歩は、ひとえに公明党に向けられている。公明党は「集団的自衛権の解釈は国民や国際社会に定着しており、変えるのであれば慎重に議論し、国民合意を形成し、諸外国への説明努力が求められている」と慎重論をとっている。安保法制懇で議論された米艦の防護や海上交通路の機雷除去などについて公明党は「個別的自衛権や警察権などで対応できる」と集団的自衛権の行使容認に否定的だ。公明党がかたくななのは、支持母体の創価学会が行使容認に否定的だからだ。公明党内では「丁寧にプロセスを踏んでいかないと、支持者は納得しない」という声が大勢だ。公明党の雰囲気を察してか、与党協議について首相は3日、訪問先のリスボンで「場合によっては時間がかかることもあろう」と述べ、自民党の石破茂幹事長も5日「丁寧に与党内の合意を得ることが優先する」と語った。ただ、首相らの発言はあくまで公明党への配慮を示すことに主眼があり、公明党の山口那津男代表は「政策の違いで連立を離脱することはない」と連立離脱カードは封印しており、両党による接点模索の神経戦が続きそうだ。

 首相は「国民合意なしには憲法解釈の変更はできない」とする公明党の意見をのんで時間をかけることは約束し、閣議決定への同意を引き出す考えだ。石破幹事長は、自衛隊が防衛出動できる段階に至っていない「グレーゾーン事態」に関する法案審議を秋の臨時国会で先行させる可能性に言及した。公明党が「集団的自衛権よりも、この問題を優先させるべきだ」と主張することに配慮してのことだ。グレーゾーンとは、尖閣諸島の周辺海域で、中国の公船や潜水艦が日本の領海内に侵入し、退去の要請に応じず、徘徊(はいかい)を続けるような事態だ。装備が十分でない海上保安庁では対応できない可能性があり、自衛隊も強制的に退去させることはできない。こうした事態に自衛隊が対処するには、憲法解釈の変更は必要なく、自衛隊法の改正で対応できるとされる。

 集団的自衛権で自民党の高村正彦副総裁と公明党の北側一雄副代表が北京市内で向き合った。ともに日中友好議員連盟のメンバーとして4日から訪中した際に意見を交わした。高村氏が集団的自衛権を必要最小限の行使にとどめるとして理解を求めたのに対し、北側氏は「今の憲法の解釈で出来ることからやりましょう」と譲らず、平行線に終わった。安倍首相がこだわる集団的自衛権が行使できるよう憲法解釈を変更する閣議決定は、受け入れられない一線だ。公明党の山口代表は「政策的な違いで連立離脱は到底考えられない」と明言する。連立離脱のカードを使わずに、どう妥協点を見いだすのか、難しい判断を迫られている。

 一方、民主党は「集団的自衛権の行使一般を容認することは許されない。領土、領海、国民の生命や財産を守る観点から必要な対応をとる。立憲主義と平和主義を脅かしかねない安倍内閣と対峙する」と憲法解釈変更にも憲法改正にも反対する構えだ。しかしこれは幹部の公式論で、党内に改憲派と護憲派を抱える民主党の立場は複雑だ。党幹部は、安倍首相が集団的自衛権容認を目指していることを理由に「憲法解釈変更などと言っている限り、改憲の協議に入ることすらできない」として、改憲論議の進展をけん制している。衆院での改憲勢力は3分の2を大きく上回る。しかし参院の3分の2超が162なのに対し、自民、維新、みんな各党に公明党を加えた議席は計156。カギは基本的に参院で58議席を持つ民主党が握ることになる。国会が改憲を発議すれば、初の国民投票が実施され、過半数の賛成で憲法改正に至る。ただ否決されるような事態になれば「国会への不信任に等しい」。このため自民党は、憲法に関する対話集会などを通じ、国民的な改憲機運を高めたい考えだ。

自民に懸念の声も

 これは憲法改正に関する民主党の考えだが、憲法解釈変更容認についても準用して考えればよい。のみならず集団的自衛権に関する憲法解釈の変更については自民党内にすら「政策の安定性がなくなるのでは」と懸念する声さえある。自民党総務会長の野田聖子氏は8日発売の月刊誌「世界」でこうした懸念を訴えた。「なかなか表に出てこない党内の声だ」と述べた上で「党内の実際の声を伝えることが、長い目で見れば安倍晋三首相を守ることになる」とも指摘した。高村副総裁の限定容認論には「どこまで通用するか」と疑問を呈した。自民党は行使容認を2012年の衆院選などの公約に掲げたが「行使容認だから支持したという人より、はるかに多くの国民が経済再生を期待している」と強調した。

 政府自民党は、公明党も前向きなグレーゾーンの法整備を優先すれば、対立している集団的自衛権について同党を丁寧に説得できるとみている。ただ自民党幹部は「秋の臨時国会までに与党協議がまとまらないことは想定していない」と際限のない引き延ばしには応じない考えだ。一方、公明党内にはグレーゾーン事態をめぐる与党協議に時間がかかれば、集団的自衛権行使の議論を先送りできると期待する向きもある。公明党幹部は「グレーゾーンの法整備だけでも1カ月で結論は出せない。かといって集団的自衛権と並行してはできない」と自民党を強くけん制しており、両党の綱引きは続きそうだ。

 安倍首相は7日、欧州6カ国歴訪の主要日程を終え、中国の海洋進出や軍拡を名指しで批判、ウクライナ問題に直面する欧州との立場の共通性を強調、安全保障の面では一定の理解を得た。ウクライナ問題では、7日の会見で「力を背景とした現状変更を決して容認できない」との基本姿勢を示した上で「ウクライナという一地域の問題ではなくて、東アジアを含めた国際社会全体にとって極めて重要な問題だ」とアジアに水を向けた。首相は欧州各国との首脳会談で、日本経済の復調ぶりを紹介し、自身の経済政策アベノミクスのアピールに躍起だった。「私は改革を恐れない」と6日、経済協力開発機構(OECD)の演説で意欲こそ示したものの、経済外交政策では目立った成果を残すことができなかった。

 しかし安倍首相が最優先で取り組むアベノミクスでは黒田東彦日銀総裁とのコンビで第一の矢、金融政策は順調に進み、第二の矢、財政政策もまずまず。金融政策の成功で大企業は潤い、ベースアップまで始めた。第三の矢、成長戦略が進められる。3月の有効求人倍率は1・07倍と前月から0・02ポイント上がった。改善は16カ月連続で2007年6月以来の高い水準。失業率も2月と同じ3・6%だった。法人税も安倍首相の強い意向で諸外国並みに引き下げるよう進められている。

尖閣含め5条適用

 オバマ大統領の来日によってさる4月25日には共同声明を発表、中国による威圧的な行動が続く尖閣諸島について「日米安全保障条約の下でのコミットメントは、尖閣諸島を含め、日本の施政の下にある全ての領域に及ぶ」と明記した。尖閣諸島に武力攻撃があった場合は、米国の対日防衛義務を定めた日米安保条約5条が適用されるとの共通認識を明確にしたものだ。これに呼応した形で、日米間で最大の焦点となっていた環太平洋連携協定(TPP)交渉をめぐる協議で25日午前、牛・豚肉やコメなど農産物の重要5品目や自動車の安全基準など協議全体で実質基本合意に近づいた。TPPについて「前進する道筋を特定した」と明記した。安全保障や経済は現時点ではまず順調に進んでいるといってよいのではないか。

 7日の株式市場で日経平均株価が急落し、前週末比424円06銭安の1万4033円45銭となった。金融緩和と財政出動、成長戦略という三つの期待を背景に円安・株高が進んできたアベノミクスは大きな分水嶺に差しかかっている。とはいえ、企業業績そのものは堅調。上場企業全体の2014年3月期の経常利益は前期から3割超増えたようだ。米欧の主要市場と比べて、予想PER(株価収益率)など指標面で日本株は割安との指摘は根強い。

 結論として今のところ安倍首相にとって代わる後任は誰もいない。一強多弱の国会では野党は無力で誰も人がいない。自民党内でも麻生太郎副首相も石破幹事長も安倍首相の下にあり、とって代わる気配はない。このままで安倍長期政権を目指していくのだろうか。

 (ジャーナリスト)