ABM実験成功を誇示する中国

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

核軍縮に引き込む契機に
米中軍拡競争への発展避けよ

茅原 郁生

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

 中国紙「環球時報」(2月5日付)は中国の地上配備型弾道弾迎撃ミサイル(ABM)の実験成功を直後の4日深夜に発表したと伝えた。実験成功を深夜に速報したのは西側メディアによる中国脅威論等の「不実報道への迎撃」であると説明し、解放軍の開放性、透明性の証左とも自負して2010年1月以降5回に及ぶABM実験成功で自信のほどを示していた。

 ABMについては周知のように迎撃のタイミングは上昇段階、終末段階、中間段階があるが、中国ABMは中間段階撃破を目指すという他は、具体的性能など詳細はなお不明である。それでもABM実験成功の公表は、実験同日に米駆逐艦「マケイン」の台湾海峡通過に対する対米抑止に狙いを定めた、米中角逐の一環と見ることができる。

中国のみ中距離核保持

 台湾海峡の平和と安定は今次英国での先進7カ国(G7)の外相会合でも主要テーマとされ、先立つ2月の日米2+2会談から同趣旨はテーマに上げられていた。また台湾問題は中国の核心的利益とされており、中国のABM実験までそれに連動させていたことは将来、激化する米中争覇がかつての冷戦時のように核ミサイル戦力での軍拡競争に進展する可能性を示唆している。

 そうだとすれば、核拡散防止条約(NPT)体制の在り方の重要性が浮上してくることになる。NPT体制では核保有国の「ヨコの拡散」の防止が中核に据えられているが、同時に核保有が容認されている米・露・英・仏・中5カ国の質量の「タテの拡散」を抑制する核軍縮に向けた努力義務も規定されている。

 ちなみに今日の核戦力の実態として「防衛白書」に記載された5カ国の核戦力の現状評価を整理しておこう。

 白書には、その資料編に運搬手段別に表形式で纏(まと)められているが、大陸間弾道弾(ICBM)については、米400基、露334基、英仏0基、中国60基と評価されている。中・短距離弾道弾は中国だけが保有し、中距離弾道弾(IRBM)148基、準中距離弾道弾(MRBM)30基となっている。また潜水艦に搭載する弾道ミサイル(SLBM)は、米国が原潜14隻(336基)、露13隻(192基)、英4隻(48基)、仏4隻(64基)、中4隻(48基)の保有と展開を評価している。また核搭載可能な爆撃機は米66機、露76機、英0機、仏40機、中100機を保有し、核弾頭数は、米3800個、露4350個、英215個、仏300個、中280個となっている。

 このように実戦化状態に管理されている核戦力は中国が主張するように「90%は米露が保有」の通りであるが、それでも冷戦時代は1万発を超えていた米露の核弾頭は戦略兵器削減条約(START)条約で半減された。本年2月以降もさらなる核軍縮に向けた新START条約締結交渉が米露間で続けられている。

 しかし、上記現状を見て分かるように今日の核戦力を要約すれば、①米露両国が圧倒的な核戦力を引き続き保有②英仏の核戦力は北大西洋条約機構(NATO)内国家として運搬手段は限定的③中国の核戦力はなお強化段階にあり、今や各種運搬手段を備え、米露に次ぐ質量とも第3位の核戦力に強化④特にIRBM分野では中国だけが核ミサイルを保有し、トランプ前米大統領時代の中距離核戦力(INF)全廃条約破棄の大きな原因にもなっている⑤核弾頭数は中国だけが増えており、数年で倍増の予測で警戒されている。

 バイデン米政権は、中国が力をつけてパックスアメリカーナに挑戦する事態に同盟国との共同で対中抑制をしようとしているが、米中争覇はやがて核ミサイル軍拡競争に発展する可能性を秘めている。しかしコロナ禍や気候温暖化などの地球的課題が浮上する新冷戦時代を迎えて、かつての東西冷戦対立のような核ミサイル戦力の軍拡競争の再来は回避したいものである。

INF条約復活を期待

 その観点から、今次中国のABM実験が一定の水準に達したのであれば、これを機に破棄されたINF条約の復活と中国参画を促す契機としたいものである。新INFへの取り組みは国内総生産(GDP)で米国を追い越す勢いの中国が世界からリーダー国の一つに認められるための踏み絵とも言うべきステップであり、中国の対応動向を注視していく必要がある。

 また核大国の狭間にある日本は、米中両国が核ミサイル軍縮に向かうよう外交イニシアチブを発揮する好機として積極的に働き掛けたいものである。

(かやはら・いくお)