スマホの光から灯火の下へ 、青少年を読書に誘おう

浅野 和生成国際大学教授 浅野 和生

脳の発達にも重大な影響

 「灯火親しむ候」になろうとしている。心地良い秋の夜長に、読書に没頭して時が移るのを忘れるというのは、まことに人間らしい、価値あるひとときである。そして、文字の世界を通じて、生の体験以上の思考と感情の起伏を経験し、感銘を受けることは、人間ならではの境地である。

 しかしながら、灯火ならぬスマートフォンの光に見入って、バーチャルリアリティーのゲームだのインターネット交流サイト(SNS)だのにうつつを抜かし、読書を蔑(ないがし)ろにする子供や青少年、さらには大人が急速に増えている。

 『15歳はなぜ言うことを聞かないのか?』という本がある(日経BP社ローレンス・スタインバーグ著)。これは決して世の15歳が、親や教師の指示に反抗することを罵(ののし)り、嘆く本ではない。副題に「最新脳科学でわかった第2の成長期」とあるように、人の脳の発達には、従来から知られていた第一の成長期の他に、もう一つの主要な発達の時期があることを指摘した本である。以下にその一部を紹介する。

 かつて、人間の脳の発達は子供時代が終わればおおむね終わるものと考えられていた。それが最近の研究で、実は20代になっても脳が成熟し続けることが分かってきた。一方、子供時代に続く青少年期が、今ではずっと早く始まり、就職や結婚や経済的自立が遅くなったことで、子供から大人への移行に15年を要するようになった。

 近年の研究で、この青少年期には、脳の「可塑性」、つまり経験を通じて変化する潜在的可能性がとてつもなく高まることが分かったのである。従来、0歳から3歳というごく早い年齢の経験が、その後の人生に重要で永続的な影響を与えること、つまり「三つ子の魂百まで」ということは知られている。そして脳の大きさは10歳頃には最終的な大人のサイズとほぼ同じになる。しかし、外見とは別に、青少年期は脳の構造と機能が変化する第二の時期だというのである。そしてこの時期の脳の柔軟性は、良い方向への変化だけでなく、悪い方向への変化を起こすこともある。

 一般に、青少年期の初めに脳に起こる変化により、人間はより興奮しやすく感情の起伏が激しくなり、簡単に怒ったり不安になったりする。そして新しいことに興味を抱き、十分な思慮なく実行しようとする。その一方で、思考や感情や行動をコントロールする「自己抑制」能力は、これより遅くならないと発達しない。つまり、青少年期の脳の中で、感情や衝動を刺激する神経系統の活性化と、それらを抑制する神経系統の成熟との間に時差がある。同書は、このギャップの時期について「アクセルはものすごくよく利くのに、ブレーキがあまり利かない自動車を運転するようなものだ」と表現している。

 このギャップの時期への対処策としては、第一に、思春期の始まりを遅くさせること、第二に、青少年期に良い方向の変化を促す機会を増やし、悪い方向への変化を起こしかねない経験を減らすように指導、監督することである。

 しかし、思春期の始まりは年々早くなる傾向にある。また、「遺伝子は、特定の年齢付近で思春期を迎えるように前もってプログラムされている」が、脂肪細胞が増えるほど、そして光に当たる量が多いほど、「受け継いだ傾向の中でも早い年齢で思春期を迎えることが多い」ことが分かっている。つまり、唐揚げとハンバーグのような、アメリカ的な食生活と、深夜までテレビ、パソコンやスマホの画面の前で過ごして、毎日浴びる光の量が多くなることは、思春期の到来を早める要因となる。そして、もう一つの因子が環境ホルモンである。それはプラスチック、殺虫剤、ヘアケア用品の中に含まれる。

 従って、ギャップの時期を短くするには、乳幼児期から子供がパソコン、スマホに馴染(なじ)むような子育ての仕方はやめるべきだし、夜更かし、特にテレビやスマホの深夜にわたる使用は極力控えさせるべきなのである。ファストフードや、化粧品の多用も控えるべきだ。

 青少年期になってからも、スマホの多用には危険がいっぱいだ。ゲームには、暴力的シーンや性的刺激が少なくない。しかも、スマホ使用時間の増大は健全な読書の時間を奪い、生身の人間同士の交流の機会を狭めてしまう。本欄4月号に述べたように、女子高生のスマホ利用時間は1日平均6・1時間、男子で4・8時間という現実がある。時代を超えて読まれて来た古典や名著には、人類の叡智(えいち)が込められているが、これでは、人間の好ましい文化の享受と継承がスマホに妨げられることになる。

 従って、子供たちが早期からスマホの世界に取り込まれないように距離を置かせ、青少年をスマホの呪縛から解放することが、青少年の未来に、つまりは未来の世界に資する道である。そして読書の、それもタブレットやスマホではなく紙の本の読書を子供たちに推奨、否、要求すべきであり、健全な部活動へ誘導し、スマホの光から灯火の下へと子供から青少年までを誘うことは、大人の責務である。

 「読書の秋」の復興のために、世の保護者と教育界の責任は重い。

(あさの・かずお)