米政権、バノン氏解任の背景

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

対中強硬論にユダヤ系反発
孤立主義で軍出身者とも対立

 先月、トランプ米大統領の最側近、バノン首席戦略官兼上級顧問が解任された。解任をトランプに進言し、それに成功したのは国家経済会議(NEC)委員長のコーンとその盟友でトランプの娘婿、上級顧問のクシュナーだ。

 解任の背景には経済政策をめぐるホワイトハウス内での主導権争いと感情的対立があった。

 次にそれを見てみよう。アメリカ第一主義を掲げるバノンは米労働者の雇用確保こそ最優先課題と定め、北米自由貿易協定の打ち切りなど過激な保護貿易主義を唱導してきた。とりわけ中国に対して強硬だった。中国製品の米市場席巻が米国内製造業に壊滅的打撃を与えていると主張。アメリカは中国との間で目下「経済戦争」を戦っていると声明したほどだ。

 一方、トランプ政権の「経済チーム」の中心、コーンは自由な競争原理を尊ぶグローバル市場経済の信奉者でバノンとは衝突を繰り返してきた。コーンの盟友、クシュナーと財務長官ムニューシンも同じ考えの持ち主だ。3者は皆ユダヤ人である。近代国民国家が線引きした国境に苦しめられてきたユダヤ系にとり、国家の枠を超えたグローバル市場経済こそ理想の体制なのだ。この3人をバノンは「ウォール街の民主党員」と呼び嘲笑(ちょうしょう)してきた。この言葉は右派知識人がユダヤ系ビジネスエリートを揶揄(やゆ)する際に用いる常套句(じょうとうく)であるため、3人とバノンとの確執は感情面でもエスカレートしていったはずだ。

 ちなみにコーンは自身のユダヤ的背景をメディアに開陳したことはなかったが、出身地オハイオ州のケント州立大学に学ぶ1500人のユダヤ系学生のために、専用の学生会館を建設し寄贈したことからも旺盛なユダヤ人意識の持ち主だと推察できる。

 さて解任の背景だが、大統領府内部の確執だけに枠組みを矮小化(わいしょうか)すべきではない。共和党を支える大富豪人脈の意向も反映されていたはずである。なぜならコーンは政権入りする前までゴールドマン・サックスの社長を務めていた財界人であり、ホワイトハウスと米財界を結ぶ連絡係の役回りを託されていたからだ。米財界人の中には中国との融和を望む者も少なくない。「共和党のキングメーカー」と仇名(あだな)されるユダヤ系のカジノ王、シェルドン・アデルソンはその代表だ。

 マカオ等、中国本土に莫大(ばくだい)なカジノ権益を築き、中国政財界要人とも人脈を持つアデルソンのような大富豪にとり、対中強硬派バノンは消えてほしい邪魔者なのだ。

 バノンが対立していたのはユダヤ人脈だけではない。軍出身者で構成される「安全保障チーム」とも衝突し孤立を深めていたのだ。その代表が国家安全保障問題担当の大統領補佐官マクマスターとマティス国防長官だ。新任の大統領首席補佐官ケリーもこれに含まれる。

 彼らは「軍事力を背景にしたアメリカの世界秩序」という歴代米政権が踏襲してきた伝統的世界戦略の後継者である。同盟国との絆を大切にし、ロシア、北朝鮮、イランが発する脅威に鋭い洞察力を持つ人々だ。一方、孤立主義者のバノンは同盟国は自力で上述の脅威に対処すべきで、アメリカには彼らを助ける余力はもはや無いと考える。北東アジアを脅かす北朝鮮の脅威を例に取れば、アメリカは軍事行動を取らず、米軍の韓国からの撤退と引き換えに北朝鮮に対し核開発凍結案をのますというのがバノンが立案した戦略だ。同盟国、日韓との信頼関係を壊してまで米国の財政赤字を軽減しようとする過激なプランだ。

 実は「安全保障チーム」も今回の解任劇に一役買っていたようだ。大統領府の某高官は「間違いなくケリーの進言だった」と語っているからだ。マティスやマクマスターが画策した形跡は未確認だが、解任を望んでいたことは間違いない。アフガニスタンへの米軍増派反対等、軍拡を望まぬバノンの存在は、米軍エリートの職業権益とそのOBが数多く天下りしている米軍需産業の利益を脅かすものだからである。軍籍を離れ政権入りしたマティスらといえど「軍産複合体」のしがらみと無縁でいることは難しいはずだ。

 今回の解任劇で一番得をしたのは側近筆頭の座をめぐりバノンと争ってきたクシュナーであろう。このクシュナーの前に立ちはだかる可能性があるのが、7月末に大統領首席補佐官に就任した元海兵隊大将のケリーだ。ケリーが就任に臨んでトランプに認めさせた条件がある。

 それはトランプの娘イバンカとその夫クシュナーも他の側近同様、直属の上司はケリーであり、今後二人は大統領本人に直接上申する前に必ずケリーに報告せよという新方針である。その狙いは身内の特権を利用して、これまで自由に大統領執務室に出入りすることで培われたクシュナー夫妻の影響力に歯止めをかけようというものだ。一方、身内に甘い大統領自身の性格が変わらぬ以上、効果は期待できぬという見方もある。また政権内派閥の合従連衡にも変化があるやもしれぬ。政権内にはユダヤ人脈(「経済チーム」と大統領の親族)と「安全保障チーム」以外にペンス副大統領を中心とする共和党主流派からなる3派閥がある。前2者はバノン追い落としに際しては歩調を合わせたが、共通の敵が姿を消した後はどのような関係となるのか。今後の政権内の動向を注視したい。

(さとう・ただゆき)