中国「海のシルクロード戦略」、海洋権益拡大へ本腰

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

拠点形成と通信網構築急ぐ

 中国の「一帯一路戦略」については本欄(6・19付)で既に紹介したが、具体的な事業についてはなお不透明な点が多い。陸上でのシルクロード経済ベルト構想については中国周辺国への高速鉄道などインフラ開発が進んでいるが、海のシルクロード戦略については、中国の海洋進出などを除き、具体的な事業のニュースは見当たらない。折から、中国国家発展改革委員会と国家海洋局が共同で「一帯一路戦略の海上建設・協力のビジョンと行動」構想を発表した(新華社・中国通信、6・20)。

 同構想は理念的に美辞麗句で飾られているが中国の本音や野心も覗かせている。その要点を探れば、まず「海洋は地球最大の生態系で、人類が生存し持続的発展を図る共通の貴重な財産」との認識を示し「平和・協力、開放・包摂、相互学習、互恵ウィンウィン」をシルクロード精神としている。

 しかしその「協力の道筋」に関しては①中国の沿岸経済ベルトを中核とし、インドシナ経済回廊、パキスタン経済回廊、バングラデシュやミャンマーへの経済回廊を結ぶインド洋から地中海に至る経済ルート②南シナ海を経る南太平洋経済ルート③北極海を経て欧州に接続する経済ルート―をそれぞれ共同建設すると強調して、中国を中核とし南太平洋や北極海を視野に入れた放射状の経済圏拡大の本音を覗かせてきた。

 そしてこれまで「真珠の首飾り」と言われたパキスタンのグワダル港、ミャンマーのチャウビー港、スリランカのハンバントタ港の他にギリシャのピレウス港などを中継ハブ港に指定し、さらに戦略的要衝であるマラッカ海峡にもマレーシア領内にレーダー基地や臨海工業パーク建設など海洋拠点の形成を急いでいる。

 さらに海洋利用では光海底ケーブルなど海洋通信網構築にまで機能を拡大しており、まさに中国の「21世紀海上シルクロード戦略」は中国の海洋進出の有利な条件づくりであり、影響力拡大の基盤づくりであることを露呈してきた。

 一般に中国はユーラシア大陸国家と見る先入観があるが、次世代は海洋パワーの時代と見て海洋大国と自ら名乗り、またそれを目指した活動を始めている。南シナ海でのこれまでの周辺国との角逐は中国の遠大な海洋進出の序章にすぎないと見るべきであろう。

 10月の第19回党大会以降、習近平政権は「一帯一路戦略」を世界戦略に位置付けるとみられている。そこには共産党執政の正当性の証しとしてきた高度経済成長が低迷する「新常態」にあって、海洋進出と拡大はそれに代わる証しと期待されているからである。

 また軍部も「一帯一路戦略」に関心と期待を寄せている。2年前の国防大学・総参謀部や国有企業による検討会では、総参謀部から同戦略に伴う安全保障上のリスクとして米国による対中包囲や海洋での衝突などの指摘を受けて、海外基地建設など軍事態勢強化に進むとの議事録が露見した(読売新聞、8・21)。実際、中国は、自らは海外に軍事基地を造らないとのこれまでの宣言とは裏腹に、海賊対処を理由にジブチに軍事基地建設を進めている。

 筆者は去る8月に研究仲間と中国・海南島を訪問し、南シナ海専門の大規模な南海研究院などを訪問し、意見交換でも中国の海洋への強い意欲と野心を感じてきた。『中国と南沙諸島紛争』を出版した呉士存同院長は1933年に遡(さかのぼ)る南シナ海紛争の研究を踏まえて中国側の論理を熱く主張した。昨年、ハーグ仲裁裁定を拒絶して世界から顰蹙(ひんしゅく)を買った中国であるが、南シナ海での「行動規範」制定に積極的に取り組みながら、骨抜きの提案で東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国との鬩(せめ)ぎ合いとなり、その条約化には2年はかかるなど興味深い話もあった。

 「一帯一路戦略」については北京の国務院発展改革研究院などとの意見交換でも、中国の海洋強国に向けた強烈な主張が反復されていた。関連して北京大学の胡波研究員の近著『中国はなぜ「海洋大国」を目指すのか』(日本僑報社、2016・12)も海洋大国への中国の強い意欲を詳述している。同著は中国が海洋強国を目指す3条件として地域的な大海軍力、国際的な海洋政治大国、世界的な海洋経済強国が必要とし、パワー建設の青写真を示している。

 そして海洋強国に向けた大国外交では、米国からは平和裏にシーパワーのシフトを受け継ぐ、インドとは関係改善に努め争わない、オーストラリアには中立を守らせ、ロシアとは戦略的なパートナーシップの拡充を期すなどの戦略を強調しているが、わが国への言及はない。逆に東シナ海での尖閣諸島をめぐるわが国との衝突は不可避とさえ見ている。

 総じて中国の海洋権益拡大の野心は大きく、本腰を入れて取り組んでいる。党大会後には海洋進出の積極化が予想される中で、中国の海洋大国化の志向を見誤ることなく戦略的に対応する必要性を強く感じた旅であった。当面、北朝鮮の核ミサイルのリスクに目が奪われがちであるが、「一帯一路戦略」のオブラートに包まれた中国の海軍力強化と海洋制覇の動向も注視する必要がある。その上で中国の海洋強国に向けた「一帯一路戦略」の積極展開への備えとその実態解明を怠らないことが重要である。

(かやはら・いくお)