崩壊の危機に瀕する検定制度

小山 常実大月短期大学教授 小山 常実

過激な反日教科書登場

「学び舎」に数々の検定基準違反

 昨年4月、中学校教科書の検定結果が発表された。歴史教科書では、「学び舎」という新たな教科書が検定合格した。「学び舎」は、平成23年度を最後に撤退した過激な左翼反日教科書・日本書籍新社の再来と言われる。その左翼性あるいは革命好きぶりは、戦前の共産党系衆院議員だった山本宣治の紹介に1ページ半も用いている点や、フランス革命の時期に起きたハイチ革命を取り上げ、【インド大反乱と太平天国】という単元さえも設けている点に表れている。また、その反日性は、三光作戦を記し、中学校教科書として唯一、「従軍慰安婦」問題を取り上げている点に表れている。

 「学び舎」の登場は、この20年間少しずつ改善されてきた教科書内容を一挙に20年ないし10年昔に逆戻りさせかねないものである。「学び舎」は、東大付属中等教育学校、東京学芸大付属世田谷中などの国立5校、灘中、麻布中など私立30校以上で採用され、今年度から使用されている。エリート校で軒並み採用されたことが特徴である。20年後、30年後のエリートたちが、強烈な反日主義者として育てられ、日本解体運動を推し進めるだろうことを怖れるものである。

 しかし、思想的な反日性や左翼性よりも問題なことがある。それは、「学び舎」が教科書検定基準に違反していることである(拙著『安倍談話と歴史・公民教科書』自由社、参照)。

 「学び舎」を読んだ時、これは教科書だろうか、資料集ではないかと何度も考えさせられた。最初にエピソードが置かれるからでもあろうが、ほとんどの単元が唐突な出だしになっているし、その単元全体で書いていることが結局何なのか、分からないことが多い。例えば、ローマ文明の単元を読んでもローマ帝国の梗概(こうがい)が理解できないし、縄文時代や弥生時代の単元を読んでも、時代の要点を理解することができない。しかも、一つの単元自体を理解することができても、次の単元と話がつながっていかないことが多い。結局、歴史全体の流れが理解できないまま、教科書を読み終えてしまうことになる。

 なぜ、そうなるのか。「学び舎」には、日本の歴史教科書ならば当然に書くべき事柄が随分抜け落ちている。鎌倉時代や江戸時代でさえも、単元本文を読んでも、時代の始期と終期が分からないし、時代名の由来も分からない。また、メソポタミア文明や英国革命、憲政の常道などが単元本文に出てこない。「学び舎」の教科書では、時代区分さえも把握できず、重要事項が抜けているわけだから、歴史の系統的な学習など不可能と言ってよい。

 しかし、義務教育諸学校教科用図書検定基準(以下、検定基準と略記)は、「図書の内容は、全体として系統的、発展的に構成されており、網羅的、羅列的になっているところはなく、その組織及び相互の関連は適切であること」という項目を設け、教科書内容の系統性を求めている。「学び舎」では、個々の内容が相互に関連づけられずにバラバラにされており、この項目違反であることは明白である。

 また、検定基準は、「図書の内容の選択及び扱いには、学習指導要領の総則に示す教育の方針、学習指導要領に示す目標、学習指導要領に示す内容及び学習指導要領に示す内容の取扱いに照らして不適切なところその他児童又は生徒が学習する上に支障を生ずるおそれのあるところはないこと」という項目を設け、学習指導要領に準拠することを求めている。ところが、「学び舎」は、その検定に教科用図書検定調査審議会第2部会歴史小委員会委員長として関わった上山和雄氏によれば、「学習指導要領の枠に沿っていない」(朝日新聞2015年4月24日)ものである。すなち、この項目にも違反するものだった。

 他にも、「学び舎」は六項目の検定基準違反を犯している。例えば検定基準は、「日本の歴史の紀年について、重要なものには元号及び西暦を併記していること」という項目を設け、重要事項に関する元号西暦併記の原則を教科書に対して求めている。しかし、「学び舎」が西暦と元号を併記しているのは、前近代では大宝律令、承久の変、家康の征夷大将軍就任の3件だけである。応仁の乱の年代でさえも「1467年」と西暦一本で表している。近現代でも、廃藩置県、大日本帝国憲法発布等の5件のみである。「学び舎」は、頼朝の征夷大将軍就任、関ヶ原の戦い、ペリー来航、王政復古といった最重要事項についてさえも元号を併記していない。明らかに元号西暦併記の原則を求めた項目に違反しているのである。

 以上見てきたように、「学び舎」は、数え切れないほどの検定基準違反を犯している。明らかに検定不合格にすべきものであった。このような検定基準違反教科書を合格させてしまうとは、教科書検定制度は崩壊の危機に瀕していると言えよう。

(こやま・つねみ)