ダムが切り札、中国はメコン川も支配するか
東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議も終わったが、南シナ海を“中国支配の海”にする中国の決意は不退転に見える。そんな裏でもう一つ注目したいのが、メコン川の水問題だ。
全長4900㌔。中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを流れ、内陸漁業世界一で、下流域4カ国だけでも、6000万人の生命と生活を支える。その「母なる川」も今、“中国支配の川”になりかけている。
熱帯林の緑の中をうねる茶色い水。雨季のカンボジアでは大海のように広がる。メコン川は、空から見る光景も強烈だ。
中国の切り札はダムである。
中国では、瀾滄(ランツァン)江と呼ばれるが、七つの大規模ダムが建設され、建設・計画中が支流を含め約20カ所もあるという。一方、下流域のラオスなどにも、本流だけで11のダムが建設・計画中だ。下流域4国の政府間調査機関「メコン川委員会」が6年前、ダムの影響調査が完了するまで工事を10年待つよう勧告したが、無視された。下流のダム建設・計画の半数近くにも、中国が関わっている。環境への影響など情報開示はほとんどない。
すでに問題となっているのは、中国領内のダムの影響である。近年、この流域も気候変動で、乾季に干ばつが目立ちだしたが、ダムは中国の都合で水をせき止める。
国連によれば、今年5月までの乾季、メコンの水位は100年来最低で、平年の半分だった。魚が減り、豊かな土壌も運ばれず、カンボジアでは約10万世帯が打撃を被った。ベトナム南部のメコン・デルタは90年来最悪の干ばつで、220万㌶の農地の半分近くが、海水逆流の被害を受けたという。ベトナム全体で今年1~3月の農作物の干害額は2億5000万㌦。その7割がデルタだ。「ダムがメコンを殺しつつある」。現地の専門家は訴える。
日本は09年から、中国以外の5カ国と日本メコン地域諸国首脳会議を開き、昨年、3年間で7500億円の援助を約束した。米国も同様の会議を続けてきた。ただ、日米と上流の当事者、中国とは立場が違う。
中国は、水利用への外部の干渉を嫌い、メコン関係会議に消極的だった。だが、今年3月、初の「瀾滄メコン協力会議」(LMC)を開催し、鉄道開発など26項目の宣言を採択、100億㌦の融資枠も提示した。
これに対し、「中国が全流域支配に乗り出した」「メコン川が第2の南シナ海になるのでは」といった警戒論が出ている。
マービン・オット米ジョンズホプキンズ大教授は、メコン諸国には中国への対抗手段もなく南シナ海と異なるとしながら、「どちらも、東南アジアを現代版朝貢体制に組み入れたい、中国の野望を示す」と評している(「SEエーシアグローブ誌」)。
特にベトナムの対応が注目される。南シナ海の対中最強硬派2国のうち、フィリピンのドゥテルテ新政権は、対米スクラムに亀裂を生じさせた。ベトナムは、メコン川で中国に命綱をつかまれても、頑張り通せるか。
中国は、3月のLMC開始の際、「運命共同体」の協力の印として、ダムから放水した。つまり、中国はいくらでも恣意的に蛇口を開閉できるのだ。
地域にとって、中国の経済協力も水力発電も不可欠だが、東南アジアが中国の手のひらに乗り、朝貢的体制が進められるのは、日本にも世界にも望ましくない。当面、11月からの次の乾季にどうなるか。日本は、干害援助も含め、環境に配慮した、中国より質の高い協力を行って行く以外ない。
(元嘉悦大学教授)