TPP復活は「熟柿戦略」で
トランプ氏の翻意待て
「偉大な米国」の再現に寄与
ドナルド・トランプ(実業家、米国次期大統領)は、大統領就任即時の環太平洋連携協定(TPP)脱退を表明した。これを受けて、「TPPは頓挫した」というのが専らの評価になっているけれども、その評価は果たして正しいであろうか。
ジェームズ・ジマーマン(在中国米商工会議所会頭)は、『ウォールストリート・ジャーナル』(11月21日付、日本語電子版)に寄せた論稿の中で、「米国はTPPを一刻も早く前に進め、協定未発効によって経済的・戦略的利益が損なわれるのを防がなくてはならない。TPPは米国が世界のリーダーであり続けるために不可欠であり、これを批准しなければ米国の国益にマイナスとなるだろう」と指摘した上で、トランプの翻意を訴えていた。
また、トランプの経済政策顧問を務め、次期商務長官と目されているウィルバー・ロス(投資家)は、TPPに関して、「全体のアイデアには反対していないが、何点かを修正する必要がある」というトランプの内々の評価を説明している。それは、トランプを含む米国実業界の最大公約数的認識を示唆したものであろう。自由貿易が米国に害をなしていると語っているかのように喧伝(けんでん)されたトランプの発言も早晩、修正されるのであろう。
日本にとっては、今はTPPに絡む「熟柿戦略」発動の時であろう。それは、TPPに絡む国内手続きを全て片付けつつ、TPPを「米国抜き」の体裁でも発効させた上で、トランプあるいは、「トランプ後」の大統領の翻意を待つという戦略である。TPPが日本にとって「国家百年の大計」であるならば、せいぜい10年を待ったところで何の問題もあるまい。
むしろ大事なのは、ドナルド・トランプの標語の通り、「米国を再び偉大にする」ためには、「米国は偉大である」と認める人々が米国の外に増えなければならないという事実を倦(う)まず説くことである。そういう人々がトランプ支持層を含めて米国の内にいくら増えたとしても、それは「夜郎自大」の類にしかならない。トランプは、選挙戦中、「レッド・ネック」と俗称される白人労働者層の不満を吸収したと評されているけれども、実際の選挙結果から判断する限りは、そうしたトランプ支持層の「政治的影響力」の意義を過大に評価するのは、危険である。
トランプが「米国を偉大にする」ために何を手掛けようとしているかを展望するには、TPP以外の政策領域の様相を観察するのが適切であろう。例えば、『沖縄タイムス』配信記事(11月26日付、電子版)によれば、トランプ次期政権の外交・軍事政策に関する草案には、「沖縄をアジア太平洋地域における米海兵隊の主力機種であるステルス戦闘機F35と垂直離着陸型輸送機MV22オスプレイの主要訓練拠点の一つと位置付ける海兵隊の認識」が反映された上で、在沖縄米海兵隊の移転をめぐる日米合意が維持されることが盛り込まれている。
この記事は、次期政権移行チーム関係者の証言として、「国防費削減で低下した機能や能力を回復するために米軍の新たな増強に着手する。海兵隊は最低でも20万人レベルまで増やし、太平洋ピボット(軸足)戦略も維持する方針」を伝えている。トランプの米国は、アジア・太平洋方面への関与を縮小させるどころか、海兵隊の機能を拡充させた上で、それを実質上、拡大させるということになる。それは、軍事・安全保障上、トランプ次期政権のアジア・太平洋関与の基本線は、従来とは何ら変わらないという展望を示すものであろう。
そうであるとすれば、TPPもまた、トランプが唱える「米国を再び偉大にする」ための仕掛けの一つとして認識されるならば、若干の修正を経た上であっても一転して復活する展開もあり得よう。また、加えて大事なのは、トランプが4年後の再選を経て「偉大な大統領」を目指すのであれば、それにふさわしい外国の盟友が要るという事実を、トランプやその周辺に理解させるということである。
トランプには共和党大統領の先達としてのロナルド・レーガンを意識している節があるけれども、レーガンには往時の日英両国にマーガレット・サッチャーや中曽根康弘のような「盟友」がいた。「偉大な人物」は他者から偉大だとたたえられてこそ、偉大なのである。こうした単純な事実にトランプが気付けば、後の展開はさほど心配するに及ばず、であろう。問題はいつ、そのことにトランプが気付くかであるけれども、それを待つことにこそ、前に触れた「熟柿戦略」の意味がある。
故に、日本や他の国々の慌てた対応こそが、かえってトランプの想定外の政策対応としての「トランプ・ショック」を誘発するのではないか。「動かざること山の如(ごと)く、知り難きこと陰の如く」という言葉は、一つの真理である。(敬称略)
(さくらだ・じゅん)