漁業権で衰退する日本漁業

小松 正之東京財団上席研究員 小松 正之

漁業者より漁協維持に

旧慣の法制化が改革の妨げ

 改革進む農業、旧態依然の漁業

 7月10日の参議院選挙の争点に農業や漁業の改革が全く登場しない。農漁業は食料生産と地方の創生の重要な産業であるが、関心を持たれない。政府は2015年2月、農業協同組合(農協)の改革を打ち出した。その内容は、①農業協同組合中央会の一般社団法人化と農業協同組合法からの中央会(全中)の指導や監査を行える規定を削除する、②農業協同組合の財務諸表や損益計算書の監査は一般の公認会計士か農協の監査機構が派遣する農業協同監査士の間で選択できることが決定した。

 ところで筆者は自民党の福田政権、麻生政権と民主党の菅政権までは、内閣府規制改革会議の中に漁業の検討の場があり、メンバーであったが、その後から現在の安倍政権になって持たれていない。漁業分野でも早く改革に着手することが肝要である。漁業権と漁業協同組合は旧態の制度であり、一刻も早い改革が、漁業の再建と地方の人材、民間資金の投入と漁業資源の回復のために必要である。また、国民もジャーナリズムもいわゆる「暗黒の世界である漁業権と漁業協同組合(漁協)」には触れようとしない。

 漁協は農協と同様に組合員のための経済事業を行う経済団体である。生産物の販売や必要な資材の購入の事業を組合員のために奉仕事業として行う。異なる点は、農業者が重要な生産手段の土地を所有し、農協は農地を所有しない。これに対し漁業では、生産手段である養殖などの漁場の所有権(厳密には使用権)を漁業者が所有していない。都道府県が漁協に漁業権(農業の土地に相当)を与え、漁協が、個々の漁業者に割り振る方式を採用している。

 政府が1886年(明治19年)に漁業組合準則を定め、漁業権を一旦漁業組合に与えた時から、現在までその特質は変わらない。このことが、漁協と漁業者の経済事情を大きく縛ることになった。この漁業権こそが組合員である漁業者に権利を配分し、販売手数料や漁場の使用料(漁場の行使料)など種々の課徴金を科し、漁協の経営の維持の源を漁業者から徴収するシステムで、漁業者に大きな負担としてのしかかり、自由度を奪う。これが現在の漁協と漁業の問題にも影響し、農業よりも分かり難くし、改革も農業から大幅に遅れる要因になっている。

 漁業権の始まりと明治漁業法

 日本で最初の漁業法は明治34年(1901年)に公布された。

 江戸時代からの漁業の慣習を残し、村の支配階層の実権を認めた封建体制を法的に追随した内容となった。これが現代まで、近代化の遅れの遠因となる。

 この漁業法では漁業権として①定置漁業権②区画漁業権③特別漁業権④専用漁業権が設置された。これら漁業権漁業は封建的関係を維持し、網元の漁業への低賃金の労働を提供した。現代における漁協のアワビやウニの口開きの制度も資源の管理というより漁協による資源占有による漁村社会の閉鎖性の元を提供している。

 戦後の漁業法に基づく現在の漁業権は共同漁業権、定置漁業権、区画漁業権(漁業協同組合に与えられる特定区画漁業権を含む)に再構成された。

 その後、事情の変化に対応して、最初の漁業法に改正を加えたものが明治43年(1910年)に上程され同年4月に可決成立した。

 その改正点は、①漁業権を物件とみなし、土地に関する規定を準用した。この改正により漁業権に抵当権を付与し資金調達の道が広げられた。現在の漁業権は基本的に売買・譲渡ができないが、戦前はできたのである。現在の個別譲渡性漁獲枠(ITQ)の制度が戦前にはすでにわが国でも存在した。

 ②一方、漁業組合(現在の漁業協同組合の前身)を明確に規定し、漁業権の保有主体として確立した。しかし、共同販売や購買の経済事業は農産物の販売を手掛ける現在の農協の前身の産業組合が行う建前だった。昭和8年(1933年)から漁業組合も経済事業ができるようになった。これらも地元の網元の利便性の確保につながった。

 現代は経済的自立の欠如

 結果的に明治漁業法は封建漁村の生産関係を温存し漁業を規制しようとした。いわば沿岸域の漁業の近代化と新展開を閉ざした。旧慣を重んじて漁業労働者も含めて伸びようとする個人の萌芽を摘んでしまった。資本家には有利な体制であったが小漁民や労働者は貧困の状態に置かれた。

 経済学者の近藤康男氏は「漁協とは多数の漁民の漁業権を彼らの旦那様、親方様のみに管理し、……漁民を支配する機構である」(近藤靖男著作集第11巻日本漁業経済論)とし、また「漁業権とは漁民を支配する権利であり、漁業組合とは漁民の貧困を固定するメカニズムの中心であるともいえる」(同)と語っている。戦後では、民主化の考えを容れ漁民と小漁業者を救済するシステムを幾分導入したが、小規模性は解消できず、資本家は不利な状況に置かれた。漁業者の経済的な自立、漁業への投資の促進と資源の健全を回復する概念はどこかに飛んでしまった。

(こまつ・まさゆき)