日本の景況は“まだら模様”
続く経済力格差の拡大
ゼロ金利政策に過度な依存
内外ともに変動要因が多発する時代だから、こと国民経済の先行きに関しても明確な予測はできかねるが、想定外の大波乱要因が突発することはないと前提すれば、当面の日本経済は景況改善に向けての足取りは鈍く、所得格差・消費力格差はむしろさらに広がる状況が続き、景況全体としては“まだら模様”で推移する公算が大きいと判断せざるを得まい。そういう根拠を述べておきたい。
日本の経済社会を考察すると、景況改善に向けての動きは確かに認め得るし、長期にわたった沈滞状態から脱出する糸口が開けたかと期待できる側面も多く目につこう。例えばラジオ・テレビの番組表(新聞各紙による)を見るがいい。飲食物がらみの放送が少なくないし、番組表には載らなくてもニュース放送の時間中に放送担当者が地方の名産品を飲んだり食べたりしてみせるケースも珍しくはない。交通が内外で便利になり、格安航空の登場もあって、観光旅行客も明らかに増えている。海外でトラブルに巻き込まれる邦人がときにあるのも、世界各地を訪れるだけの資力のある邦人が増えてきていることの証左であろう。
とはいえ、それらの人びとは、主として中の中以上の所得層だろう(子女の費用援助による低所得層もまれではなかろうが)。他方では、食品を中心にわずかでも価格の安い消費財を買い入れるのに懸命になっている主婦など家計のやり繰りに苦心する中の下以下の所得層も、決して少なくはないだろう。そんな家庭では、子弟に高等教育を受けさせる費用負担の重さも、軽視できるものではあるまい。奨学資金の利用を考慮に入れても。
では、日本の景況は、全体としてどういった段階にあるかだが、中の中以上の所得層と中の下以下の所得層とで景況感が分かれ、前者は景況改善を実感できているのに対し、後者にはその実感は乏しいか、あるいは全くなく、国民経済全体として考察すれば、景況立ち直りの兆しはみえるものの、その動きは目下のところ鈍いといわざるを得まい。冒頭に景況は“まだら模様”と指摘したのは、だからである。
一国の経済が長い低迷から抜け出て立ち直りないし好調に向かう場合に、景況好転の先行部門と立ち遅れ分野、そしてその中間に位置する分野、言い換えれば“まだら模様”を描くことは、決して珍しくはないし、むしろそうなる状況ないし段階を経過するのが一般ではあろう。したがって、所得格差ないし消費力格差の広がりも怪しむには足りないと一応はいえよう。
ただし、現政権下の景況立ち直らせ策には、かなり強引ともいうべき中身が中枢にあることを、否むことはできかねる。そのいわば“とがめ”が現在ならびに先行きどう現れるかを注視しなければならない。
問題視すべきことの一つは、日銀のいわゆるゼロ金利政策への依存があまりにも大きいことである。ゼロ金利政策そのものは長期に及んでいるが、日銀の政策対応は現政権下では政権寄りがいよいよ明白になってきている。かつ、昨年4月からの消費税率引き上げとの関係が、なんとも“ちぐはぐ”になっているきらいのあることを否みがたい。
消費税の税率引き上げは、それに相応して国民の消費購買力を減殺する。ゼロ金利政策の長期継続は円安を定着させ輸出産業の輸出増を支援する半面、食糧品など輸入依存度の高い商品の仕入れコストを押し上げ、相応して国民の消費購買力を減殺せずにはおかない。しかも、ゼロ金利政策の目標として年2%程度のインフレ定着を目指す。消費購買力増加の前提条件のないインフレ定着が消費税増税による国民の消費購買力の減殺と程度の差はともかく同種の影響を持つことは、疑う余地がない。
筆者の推察するところ、ゼロ金利政策には二つの政策意思があるのではないか。一つは景況改善を側面援助しようとする伝統的な発想、とは言いながら、それ以上に、大量発行の続く国債の利子負担を限りなく軽くしようとの対政府支援のねらいで、現実に国債の利子は実質ゼロに近いほど低い。もう一つ、先行き景況がよくなれば、それに相応して民間の利子率が上がるだろう。そうなれば、国債の市価は低落する。そこで政府が市場から既発国債を購入すれば価格差を獲得できることになる。国債の新規発行を大幅に縮減し得る状況になれば―の筆者の推測だが、あり得ないことではなかろう。
消費税率の引き上げ、超低金利政策による円安誘導――これらの政策要因により、業績好調を告げる部門、逆に消費購買力低下とそれに関連して消費税増税分の顧客への転嫁に深き悩みを訴える零細事業、ごく大ざっぱには、こういった「格差」が今日の日本の経済社会に混在している。かつ、「格差」はなお拡がる傾向をみせている。「景況改善の動きは鈍く“まだら模様”」といわねばならぬ。
(おぜき・みちのぶ)






