変わる公教育の役割、かつては移民の同化を担う
移民国家の米国は、過去に移民が大量に入ってくる時期を何度か経験してきた。それでも国家としてまとまってきたのは、移民を米国民として同化させることを重視してきたことが大きい。中でも、移民に建国の理念や伝統を教え、米国民としての誇りや愛国心を養う上で重要な役割を担ってきたのが公教育だった。
19世紀前半から「コモンスクール」と呼ばれる公立初等学校が広がるが、歴史家のマーク・エドワード・デフォレスト氏によると、コモンスクールは「欧州から米国にやって来る移民の子の同化、教育に大きな役割を果たした。学校は生徒に英語や読み書き計算を教えるだけでなく、米国の経験の要と考えられた価値観や信条を積極的に普及させていた」という。
1892年にニューヨーク湾にあるエリス島に移民局が設置され、それから60年余りの間、この島が米国にやって来る移民の玄関口となる。ニューヨークには多くの移民が定住したが、州議会は1898年、州の学校では「愛国的学課を推奨」する法律を制定するなど、同化の伝統は引き継がれていった。
だが、今はどうか。「市民の道義や国家への敬意を教えるという米国の学校が果たしてきた役割は覆された」と、マイク・ゴンザレス米ヘリテージ財団上級研究員は嘆く。
特に、オバマ前政権では、移民を米社会に同化させるよりも、出身国の文化や伝統を尊重する多文化主義が重視された。オバマ政権は、移民の子供が出身国の言語を話せることを「財産」と位置付け、学校でも英語の習得だけでなくバイリンガルとして育てることを奨励した。
ジョン・フォンテ米ハドソン研究所上級研究員によると、連邦政府として移民のバイリンガル教育を支持したのは初めてだという。バイリンガルと言えば聞こえはいいが、米国にやって来た移民家庭の子供にとって、英語の習得が中途半端になれば、米社会に溶け込めなくなってしまう。
また、オバマ大統領は移民に市民権取得を促すプロモーションビデオで、米国民になることは「自分を変えることではない。自分の旅に新たな1章が加わることだ」と訴えた。米国民になっても米国の価値観を受け入れなくても構わないとの意味だが、フォンテ氏は「それは間違いだ。米市民になることは、それまでの自分を放棄し、米国に忠誠を誓うということだ。新たな移民に対し、米国のアイデンティティーなど多くのことを受け入れるよう求めなければならない」と批判する。
教育現場では多文化主義の重視に加え、マルクスの階級闘争史観から米国史を描いた故ハワード・ジン・ボストン大学名誉教授の『民衆のアメリカ史』が教科書として用いられたりするなど、米国の歴史や建国の理念が否定的に教えられている。同書では、マイノリティーや移民が差別に苦しむ側面が強調されており、愛国心を高めて同化を促すどころか、米社会への反感や被害者意識を煽(あお)っているのが実情だ。
「自国の歴史や原則を中傷し続ける社会は存続できない」とゴンザレス氏。特に、ジン氏の自虐史観に基づき、米国の建国が特権階級による「土地と利益と政治権力」を手に入れる陰謀だったと教えられている現状を、ゴンザレス氏は深刻に憂慮する。
「これは一種の国家的自殺行為だ」
(編集委員・早川俊行)