偏向する歴史教科書、主要20冊が全て左翼傾斜

米国の分断 第3部 「自虐主義」の源流 (4)

 米オハイオ州のデイトン大学教授だったラリー・シュワイカート氏が、共著で『愛国者のアメリカ史』を出版したのは2004年のことだった。教育現場で使われる歴史教科書が左翼の視点で書かれている状況を憂い、米国の歴史を偏向なく教える必要性を切実に感じていたからだ。

ラリー・シュワイカート氏

ラリー・シュワイカート氏

 出版社が『愛国者のアメリカ史』というタイトルを付けたのは、自虐史観に基づく歴史書の代表格であるハワード・ジン・ボストン大学名誉教授の『民衆のアメリカ史』に対抗する意図があったのは間違いない。だが、シュワイカート氏は「自分の授業以外で売れるとは思っていなかった」。

 ところが、出版から6年後、状況は一変する。FOXニュースの人気司会者だったグレン・ベック氏が番組で同書を紹介したことをきっかけに注目を集め、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストで1位になったのだ。

 現在までに30万部以上が売れ、約30の大学、数百の高校で教科書として用いられているという。推計300万部の『民衆のアメリカ史』にはとても及ばないが、保守派必読の歴史書として認知されるようになった。「こんな成功を収めるとは夢にも思わなかった」。シュワイカート氏は今も驚きを隠せない。

 シュワイカート氏は、同じ歴史家としてジン氏をどう見ているのか。「歴史家は真実に関心を持ち、論証可能な事実に基づかなければならない。ジン氏は歴史家ではなく、歴史家を装ったプロパガンディストだ」と痛烈に批判する。

 シュワイカート氏が特に問題視するのは、『民衆のアメリカ史』には主張の根拠や出典を示す注釈が一切ないことだ。「生徒たちは完全に誤った、欠陥のある歴史観を学ぶだけでなく、ジン氏がうそをついているのかどうか確かめるすべもない」

 米国民の歴史観を歪(ゆが)めた責任は、決してジン氏だけにあるわけではない。シュワイカート氏が最も使われている歴史教科書20冊を調べたところ、すべてが偏向していることが分かった。

 問題は教科書の偏向にとどまらない。「多様性の受け入れ」を最重要視する歴史教育の在り方が、深刻な弊害をもたらしている。シュワイカート氏によると、小学校用のある歴史教科書では、正確な記録のないインディアン酋長(しゅうちょう)の演説が、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファソンら建国の父たちの演説と同等に扱われていた。また、歴史上の重要な人物や出来事に焦点を当てるよりも、社会に不満を抱く労働者や主婦ら一般庶民の日記や回想などから当時の様子を学ぶことが歴史教育のトレンドになっているという。

 「ジェファソンやジョン・アダムズについて学ぶ価値は、奴隷やインディアンの戦士と同等になってしまった。多様性重視の歴史教育の問題点は、重要な物事に対する感覚を失わせ、すべての歴史を無意味なものにしてしまうことだ」と、シュワイカート氏は憤る。さらにこう続けた。

 「独立宣言と不機嫌な主婦の日記、どちらが重要なのか。ミッドウェー海戦と米兵が家族に送った手紙、どちらが重要なのか。日記や手紙は人々の感情を伝えるが、実際に何が起きたのかはさっぱり分からない。いつ何が起きたのか、誰にその責任があるのか、事実を学ぶことが歴史を理解する基礎だ」

 米国で広がる自虐主義は、史実に対する基本的な理解の欠如がその傾向を助長しているようだ。

(編集委員・早川俊行)