歪んだ「ジン史観」、邪悪な国と一貫して描写
米国民の歴史観に大きな影響を与えた故ハワード・ジン・ボストン大学名誉教授の著書『民衆のアメリカ史』。「共産党宣言」の冒頭で「今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」と論じたマルクスの教えに忠実に従うかのように、ジン氏は米国の歴史を一貫して支配階級と被支配階級の対立として描いている。
『民衆のアメリカ史』は、コロンブスの新大陸発見から始まるが、コロンブスを英雄的な冒険に駆り立てたのは金を手に入れるという強欲であり、「500年前に、アメリカ大陸のインディアン居住地へのヨーロッパ人の侵入の歴史が始まった。その歴史の始まりは征服であり、奴隷制であり、死である」と主張。先住民が白人から残虐な扱いを受ける流血の歴史は、コロンブスによって切り開かれたと断じている。
1776年に米国は英国から独立するが、ジン氏の見方はこうだ。「合衆国と呼ばれる一つの国家、一つのシンボル、一つの法的統一体をつくり出すことによって、土地と利益と政治権力とをイギリス帝国の寵臣から引きつぐことができる、ということに気づいたのだ」
建国の父たちが米国を独立に導いた動機は私利私欲であり、特権を守るために「近代において考案された国家の管理制度のうちでもっとも効果的な制度をつくり出し」たというのである。独立宣言で自由や平等を謳(うた)いつつ、実際はエリート層による狡猾(こうかつ)な支配体制を確立したというのが、ジン氏が描写する米国の独立なのだ。
米国は南北戦争を経て、奴隷制度を終わらせる。だが、ジン氏はこれを歓迎するどころか、「南北戦争前夜のアメリカで実際に国を動かしていた人びとがもっとも重要視していたのは、奴隷制反対運動ではなく、資金と利潤だったのだ」と批判。奴隷制度を維持しても、廃止しても、ジン氏の視点では米国が邪悪な国であることに変わりないのである。
南北戦争では白人の戦死者約60万人という膨大な犠牲を出し、歴史家のヴァン・ウッドワード氏によると「奴隷6人の解放につき1人が命を落とした」ことになる。南北戦争の真の英雄は「奴隷を所有したこともないのに奴隷制度撤廃のために死ぬまで戦った北軍兵士たち」(保守派評論家のディネシュ・デスーザ氏)といえるが、ジン氏はそんな兵士たちに冷淡だ。多くの人が軍に志願して醸成された愛国ムードが、支配階級に対する「怒りをそらせるのに効果的に働いた」と嘆いているのである。
ジン氏の解釈では、第1次、第2次世界大戦に米国が参戦したのも利益目的であり、米国の歴史を動かしてきたのは、すべて支配階級の強欲なのだ。
ジン氏によると、米国民の99%は支配階級と利害が対立するという「共通性」を有するが、歴代政府やエリート層は「建国の父から現在にいたるまで」、この事実を隠すことに「全力をあげて」きたという。支配階級が隠し続けてきた歴史の真実を暴き、民衆を反権力で結束・蜂起させることこそ、ジン氏が『民衆のアメリカ史』を著した目的なのだろう。
「学問的著作というより陰謀論者のウェブサイトに近い」。著名な左派の歴史家マイケル・ケイジン・ジョージタウン大学教授は、同書をこう酷評した。左派からも偏向の度が過ぎると指摘される「反米歴史書」で教育されれば、米国に誇りを持たない人が増えるのは当然の帰結である。
(編集委員・早川俊行)