社会の亀裂どう克服、愛国心に訴えるトランプ氏
米国内の党派対立は年々先鋭化しているが、トランプ大統領が進めるあらゆる政策や人事に反対する左翼勢力の抵抗運動は、これまで見たことがないほどの激しさだ。
そもそもトランプ氏はなぜ、左翼勢力からこれほど嫌われるのか。暴言や大統領らしからぬ態度が主たる理由ではない。米国をどう見るかという「国家観」の根本的な相違が、彼らの反発を強めているのだ。
トランプ氏は大統領選で「メーク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国を再び偉大にする)」と訴えたが、左翼勢力にはまずこのスローガンが受け入れられない。米国を再び偉大にするということは、米国はかつて偉大だったということだ。だが、この国家観は、故ハワード・ジン・ボストン大学名誉教授の著書『民衆のアメリカ史』で描かれた、米国は先住民や黒人、労働者、貧困層、女性を虐げてきた邪悪な国家と信じる左翼の歴史認識と真っ向から反する。
「米国は再び偉大にはならない。偉大だったことがないからだ」。民主党の次期大統領候補として名前が挙がるアンドリュー・クオモ・ニューヨーク州知事は8月、トランプ氏の選挙スローガンをこう揶揄(やゆ)した。クオモ氏の報道官は、米国はまだ潜在力を最大限発揮できていないという意味の発言だと弁明したが、本音を漏らしたと見るべきだろう。
オバマ前大統領も在任中の2015年、人種差別は「米国に受け継がれてきたDNA」であり、「治せない」と明言した。「ホープ(希望)」「チェンジ(変革)」を掲げ、米国初の黒人大統領となったオバマ氏も、典型的な左翼の国家観、歴史認識を持っていたことが分かる。
米国民を人種や民族、宗教、性別、性的指向などでグループ分けする「アイデンティティー政治」によって、米社会の分断は深刻化し、「バルカン化」が進んでいるとの見方まで出ている。これに対し、トランプ氏は米国民の愛国心を高めることで、社会の分断を克服しようとしている。これはトランプ氏が一貫して発してきたメッセージであり、就任演説ではこう述べている。
「われわれの政治の根本にあるのは、アメリカ合衆国への全面的な忠誠であり、国家への忠誠を通して、われわれはお互いへの忠誠を再発見するだろう。愛国心に心を開くとき、偏見が入り込む余地はない」
9月の国連総会の演説でも、トランプ氏は「ペイトリオティズム(愛国主義)の理念を尊重する」と訴えた。
ナショナリズムを煽(あお)ることは、否定的に見られがちだ。だが、ジョン・フォンテ米ハドソン研究所上級研究員は「米国のナショナリズムは、ショービニズム(排外的愛国主義)やジンゴイズム(好戦的愛国主義)ではなく、民主的ナショナリズムだ。人々が国を愛する気持ちは、自治に基づく民主主義を機能させる上で不可欠な要素だ」と指摘する。
また、マイク・ゴンザレス米ヘリテージ財団上級研究員も「社会の分断は愛国的な感情を促すことによって癒やすことができる」と、米社会の結束を取り戻すには愛国心を醸成することが不可欠だと論じた。
トランプ氏と左翼勢力の対立は、米国という国家のアイデンティティーをめぐる争いでもあることを見落としてはならない。
(編集委員・早川俊行)