進展見られぬ北朝鮮非核化

遠藤 哲也元日朝国交正常化交渉日本政府代表 遠藤 哲也

国際社会は圧力継続を
実務レベル交渉で詳細詰めよ

 去る6月12日に、シンガポールで画期的な米朝首脳会談が開かれてから、4カ月が過ぎた。再度首脳会談が遠からず、開催される可能性がある。今年になってから、米朝間、南北間で融和路線が始まり、これまでとは打って変わって、幾つかの前向きの兆しが見られた。デモンストレーション効果を狙っていたものもあったのかもしれないが、とりあえず事態が好転したことに間違いない。北朝鮮の核・ミサイル実験の中止、核実験場の一部閉鎖、ミサイル・エンジン実験場の解体、米国側では、米韓合同軍事演習の中止などがそうである。

 しかし、肝心の北朝鮮の非核化はどうなっているのか。現時点では何の成果も出ていないし、その兆候もない。11月に米国で中間選挙が控えているので、内政上の事情も鑑み、目が離せず、いずれにせよ、両者の間で丁々発止の綱引きが続いている。

 非核化交渉が難航するであろうことは、専門家の間では当初から予想されていたことだ。米朝間で交渉への根本認識が大きく隔たっていたからであるし、また北朝鮮は国家、むしろ王朝の存続をかけて、慎重熟慮の上、交渉に臨んできたのに対し、トランプ政権の方は、これまでの米朝交渉、枠組み合意交渉、6カ国協議からの教訓を十分に学んでいるようには思われず、大統領個人の独断も少なくなかったように思われる。トランプ大統領は準備不足であった。広範な専門家の助言を十分に受け入れたとはみられず、交渉に臨む思惑なり、交渉姿勢に大きな差があった。

 北朝鮮について見てみよう。北朝鮮側は非核化の対象を北朝鮮ばかりでなく、おそらくは韓国に対する米国の核の傘を含めた朝鮮半島全体の問題として捉えており、それも期限を設けるようなものではなく、遠い将来の最終目標と考えているようである。非核化に要する時間が長ければ長いほど、北朝鮮は例えば、パキスタンやイスラエルのように、事実上の核保有国として認知されることになりかねない。

 北朝鮮が非核化の「段階的実施」や「行動対行動の原則」に固執するのは当たり前である。北朝鮮は完全な非核化というものの、核拡散防止条約(NPT)に復帰するとか、追加議定書を含む国際原子力機関(IAEA)の保障措置を受け入れるとかについて一言も触れたことがない。完全な申告とか、検証についても同様である。北朝鮮としても経済発展のため、制裁の緩和・解除や外国からの協力を必要としているが、昨今は融和ムードに乗って、韓国との関係が改善の方向にあるし、中国やロシアとの関係もよくなりつつあるので、とりあえず一服しているのかもしれない。いずれにせよ、北朝鮮としては「虎の子」であり、唯一の切り札である核・ミサイルをあの手この手で温存を図っていくよう、あらゆる手練手管で対処してくるであろう。

 次はトランプ政権について見てみよう。確かに大統領の言うように、北朝鮮のような独裁国との間では、首脳同士でなければ、物事の決着はつかないが、他方、首脳間の合意でもやすやすと破られることがある。従って、そのリスクを少なくするために合意はできる限り詳細に詰め、文章化しておくことが必要であり、前回の首脳会談の共同声明はあまり実効性がない。このような首脳会談をしっかりした実務的な準備なしに再度繰り返しても政治ショーに終わるだけである。

 今後の交渉において、特に留意すべき点を列挙してみる。

 第一に非核化を進めるには日米韓の協調が絶対に必要であり、国際社会が足並みをそろえて圧力を掛け続けることが不可欠である。北朝鮮は、特に日米韓にくさびを打ち込もうとしている。南北間の対話は結構だが、韓国の対北姿勢がいささか前のめりになっており、国際社会も最近の融和ムードに流されて、北朝鮮に対する態度が甘くなっているのが懸念される。

 第二に非核化のためには、何よりも核関連物質、施設の完全な申告、検証が前提であり、デモンストレーションを狙った個々の行動に乱されてはならない。申告や審査・検証制度を確立するには、大変な時間と実務的な作業を必要とする。北朝鮮の協力を得られるとしても、核開発が相互に進んでいる北朝鮮の場合、技術的にも大変な作業である。トップダウンの交渉だけでは物事は進まない。

 第三に弾道ミサイルの「完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄(CVID)」を求め、それが実現するまでは一切代償なしとの方針を追求するべきも、場合によっては「段階論」「行動対行動の原則」を一切排除すべきではない。しかし、その場合でも、代償には北東アジアの安全保障にインパクトを与えるようなものであってはならず、慎重たるべきである。

 第四に関係国の首脳レベル、高官級の会議は折に触れて必要だが、実務レベル、専門家レベルでの交渉で詳細を詰めていくべきである。今回の金・ポンペオ会談をきっかけに第2回の米朝首脳会議に向かって、具体的に実務的協議が保証されることを望んでいる。

 いずれにせよ、交渉は茨の道を覚悟せねばならず、しかし、しびれを切らしてはならない。

(えんどう・てつや)