米共和党内の大統領再選阻止運動
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
トランプ氏糾弾のCM次々
「憲法への誓い破った」と批判
トランプ米大統領の新型コロナへの認識の甘さや対応の失敗、黒人差別に始まった差別抗議運動が広まる中での差別への無理解は、共和党内のトランプ大統領の再選を阻む運動を本格化させている。
政治理念のなさに失望
トランプ氏が大統領に就任してもトランプ氏の政治理念のなさ、過去の言動の問題、政治経験不足、特に安全保障政策の欠如、そして国民を分断させる手法や人格上の問題から、自党の大統領に強い不信感を抱く共和党関係者がいる。大統領が共和党議員や共和党支持者の圧倒的な支持を受け、党がトランプ色に染まっても立場を変えることはなかった。
声を上げれば自党内から揶揄(やゆ)され、多くがじっと堪えていたが、ここにきて政治信条を横に置き、国家のためと共和党支持者に向かって民主党候補に投票するよう呼び掛けている。
最初に組織されたのがリンカーン・プロジェクトである。「トランプやその支持者たちは憲法とアメリカという共和国にとって明らかな危険」と見なし、ジョン・ウィーバー氏やスティーブ・シュミット氏といった百戦錬磨の共和党系の戦略家たちと、弁護士のジョージ・コンウェイ氏が昨年末に創設した政治行動委員会(PAC)である。
コンウェイ氏の夫人、ケリーアン氏はトランプ大統領の信任厚い大統領顧問で烈(はげ)しい擁護者であるが、夫はトランプ大統領に落胆し、ワシントン・ポストの紙面等で公にトランプ大統領を糾弾し続けている。
同プロジェクトのサイトはトランプ氏とトランプ主義を打ち負かそうと明記している。民主党との政策上の違いはある。しかし「愛国心を抱く全てのアメリカ国民は、憲法への忠誠を優先させるべきであり、いずれの党所属であろうと憲法への誓いを破った候補を落選させなくてはならない」「共和党でなく、憲法を順守する民主党候補を選ぶことは価値ある選択である」と訴えている。
常に注目を浴びたいトランプ大統領の言動を逆手に取り、その嘘(うそ)や過ちを突くCMを次々と打ち、好機をつかんで豪速球を投げ込んでいる、とそのスピード感と突っ込みの上手さが評価されている。Mourning in America(アメリカへの追悼)広告は、レーガン元大統領の再選向け広告Morning in America(朝を迎えるアメリカ)が表した希望が戻った当時の明るいアメリカと、トランプ大統領の対応の間違いから新型コロナの犠牲者が激増する現在を画像と音声で比較し、同プロジェクトが一気に注目されるようになった。
ロシアはアフガニスタンのアメリカ兵を殺害するために、タリバンに報奨金を出していたが、大統領がこれを認めないことに抗議する「裏切り」は、元海軍特殊部隊員の生の証言を使っている。
広告はいずれも、トランプ大統領は自己抑制が利かず、ナルシストであることをフル活用し、神経に触り、強く反発するよう工夫されている。大統領が狙い通りの反応をすることで、広告のメッセージがニュースにも取り上げられ、一気に拡散している。
今年に入り、他にも再選阻止を狙うPACが生まれている。「トランプへの反対票を投じる共和党員」(RVAT)は、4年前にトランプ氏に票を投じたが、その後、失望し、怒り心頭に発している共和党支持者が、その苦しい心情を吐露し、今回は民主党候補に投票せざるを得ない、という生の声と画像を集め、サイトに掲載している。
数週間前に流れた証言広告では上半身裸の男性がタバコをくゆらせスマホに向かい、今度は「生まれて初めて民主党候補に投票する」「民主党候補がトマトの缶詰でもその方がトランプより害が少ないので缶詰に投票する」と語る。レーガン大統領の演説を利用した広告には、同盟国の信頼を得ているかという音声のシーンとして、トランプ大統領と共に記者団に応じる安倍首相も登場する。
他にもボージェス元オハイオ州議会議長(共)が「ライト・サイド」、今月初めにはブッシュ第43代大統領の政権や選挙に加わった約200人が「バイデンを支持する43代の卒業生」を立ち上げた。
国家基盤の崩壊を懸念
愛国心や良心への訴えが、根っからの共和党支持者をどれだけ動かせるかは分からない。しかし共和党内に、民主党大統領や民主党議員を選択せざるを得ない、と切迫した思いを抱かせるほどに、トランプ大統領やトランプ主義がアメリカ国家の基盤を脅かしているという危機感が深刻になっているのは間違いない。
(かせ・みき)