ボルトン後のアメリカ外交
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
抑止と均衡の重り失う
大統領の再選のための政策に
ジョン・ボルトン米国家安全保障担当補佐官がホワイトハウスを去った。問題国の政権交代のためには軍事力使用も躊躇(ちゅうちょ)しない超タカ派ベテラン官僚の退場は、アメリカの外交安全保障政策にどのような影響があるのだろう。
共和党は安全保障の党を自負してきたが、長年、外交安全保障に関わってきた議員や専門家のほとんどが大統領候補としてのトランプ氏を支持しなかった。大統領に就任したトランプ氏がこの分野で指名したい、そしてそれを受ける人は限られていた。中央情報局(CIA)長官や国防長官を歴任したボブ・ゲーツ氏などには政権入りを断られた。
「大人」と言われたジョン・ケリー将軍、ジェームズ・マティス将軍、エクソン・モービルの前会長兼最高責任者レックス・ティラーソン氏などが政権入りしたが、いずれも解任され、あるいは辞任し、政権を去った。
強硬姿勢は口先の脅し
その後、採用されたのがボルトン氏であった。髭(ひげ)と強硬イメージ故にセイウチという仇名(あだな)のあるボルトン氏は固い信念の人である。トランプ大統領が北朝鮮に対し「炎と怒り」の軍事行動を起こすと脅すより何十年も前から、イランや北朝鮮への軍事攻撃を厭(いと)わない政策で知られてきた。
その姿勢を知りながらボルトン氏を採用した大統領だが、外交姿勢の相違、そして大統領が重視する人たちとボルトン氏が衝突したことが同氏が政権を去った理由とされる。トランプ大統領は「首にした」と言いながらも「ジョンとは気が合った」ともツイートしている。
ボルトン氏の強硬姿勢はトランプ大統領のアメリカの圧倒的強さを梃子(てこ)に相手に妥協を迫る手法と合致していた。しかしトランプ大統領の場合、それは良い「ディール」を得るための口先の脅しである。有権者が米軍の海外派兵を望まないという政治的計算もある。一方、イラク侵攻を強く推したボルトン氏にとって軍事力行使は、言葉ではなく実践を伴う。
ボルトン氏の一途な強硬姿勢を恐れる人々は同氏の退任を歓迎し、特にイランとの核合意から離脱したアメリカが戦争を始めることを恐れる欧州各国は安堵(あんど)した。しかし先行きに大きな心配もある。トランプ大統領は自分が望まない政策を推す人々、それも外交安全保障分野だけでなく政府や議会の機能や責任分担まで広い知識と経験を有す人々を排除し、表立って反対しない上手く立ち回る人々のみに囲まれることになった。
アメリカは経済だけでなく領土の大きさも抜きんでている。一国主義、孤立主義の伝統は深い。トランプ大統領や多くのアメリカ人は、北朝鮮が短距離ミサイル実験を続けるのには関心がない。核搭載ミサイルであってもアメリカには届かない。中東の重要な同盟国サウジアラビアの石油施設が攻撃された際、大統領は「なぜサウジは自分で自分の面倒を見られないのか」と述べたといわれる。米軍がアフガニスタンやイラク、シリアでなぜいつまでも戦っているのか理解できない。
トランプ大統領が北朝鮮の核開発に目をつむり、米軍をアフガニスタンから早期撤退させるために同時多発テロの記念日に合わせタリバンをアメリカに招待しようとし、ウクライナ侵攻・クリミア併合にもかかわらずロシアを先進7カ国首脳会議(G7)に招こうとするのにホワイトハウス内で反対してきたのはボルトン氏であった。
そのボルトン氏が去り、元大統領候補のミット・ロムニー上院議員や安全保障の専門家リンゼー・グラム上院議員などからは、トランプ大統領がディールを求めるあまりにアフガニスタンや中東が再びテロリストの温床となり、北朝鮮の核開発が進むことを心配する声が上がっている。ボルトン氏は台湾の独立や拉致問題にも深い関心を示し支援してきただけに、拉致被害者家族や中国の人権侵害と戦う人々は大きな後ろ盾を失ったことになる。
側近はイエスマンのみ
ボルトン氏の譲らぬ信念や強引さは政策策定の障害でもあった。しかし同氏が政権から去り、アメリカ、ましてや同盟国の平和や安全を目的とした外交安全保障政策を持たない大統領とイエスマンが占める政権からはっきりと大統領に物申す一貫した政策を持つ重りが失われ、アメリカ外交政策は大統領の再選のための大統領のみによる政策になる恐れがある。
(かせ・みき)






