見えだしたバイデン・ドクトリン
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
「21世紀の新同盟」構築へ
国際秩序揺るがす中国と対峙
第2次世界大戦後、米大統領トルーマンがソ連と共産主義圏からの挑戦に立ち向かうために、自由民主主義国による西側同盟体制を築いた。今、米大統領バイデンは民主主義国の結束を図り、専制主義の覇権を押しとどめようとしている。
「厳密に中国ということではないが、我々は急速に変化する21世紀に民主主義が世界の専制君主、専制主義政府に立ち向かえるか、せめぎ合いをしている」と述べたバイデンの訪欧は、専制主義国の中で最強の挑戦者である中国との競争に勝つための旅であった。
優秀で経験豊かな側近
戦後のアメリカは大戦に勝利し、国民は再び内向きになろうとしていた。それまでアメリカは平時に同盟を組むことも、ましてやそのリーダーになることはなかった。トルーマンは田舎者とバカにされ、外交経験はなく、偉大な大統領ルーズベルトの死で突然後を継いだが、大統領が務まるのか、側近たちですら不安を抱いていた。
しかしトルーマンはマーシャル、アチソンという歴代国務長官など秀でた側近たちに耳を傾け、豊富な歴史知識と政治感覚を生かし、マーシャル計画で欧州を救済し、ソ連のベルリン封鎖に対し空輸で市民を守り、北大西洋条約機構(NATO)、オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ安全保障条約(ANZUS)、そして日米安全保障条約を締結した。
バイデンは上院議員歴36年、副大統領8年とワシントン政治を知り尽くし、外交安全保障経験も豊富であるが、頭脳明晰(めいせき)ともカリスマ性があるとも言い難い。今のアメリカも内向きで、海外と関わることに疲れている。その中、バイデンもまた国務長官ブリンケンなど優れた、経験豊かな側近たちを抱え、新たな、より複雑な同盟体制を構築しようとしている。
冷戦期、東西は直接の衝突を避けながらも対峙(たいじ)の中心は軍事力で、経済的には二つの圏はほぼ独立し、ソ連経済は疲弊していった。一方、中国はアメリカを抜き世界1位の経済大国になる日が近いといわれ、世界中が中国の市場やカネ、モノ、資源に依存するようになっている。軍事力でも技術力でもあなどれないどころか、中国が優位に立つ分野もある。
バイデン政権が中国を問題とするのは、世界1位の座を奪われる可能性があるからだけではない。中国がここまで国力をつけたのは、自由経済・民主主義国がつくり上げてきた国際秩序を利用してのことである。にもかかわらず、そのルールに従わず、自国の利益だけを追求し、他国民や自国民の命や人としての権利すら奪っているからである。
台湾を統治下に収めようとの軍事的・経済的脅迫、国際裁判所の判定に反し南シナ海での他国の領土占有、知的財産権の侵害、サイバー攻撃、新疆ウイグルや香港での人権侵害、投資を餌にして貧困国を政治的・経済的に追い詰めるなど、非道徳的でしばし明らかに違法な行動は後を絶たない。このまま経済、軍事、技術、モノづくりで中国が総合的にアメリカと自由民主主義国の優位に立てば、これまでの国際秩序は崩れ、中国のルールが世界を動かすことになる。
バイデンの英国、先進7カ国(G7)、欧州連合(EU)、NATOとの首脳会議では中国の脅威に対抗すること、そしてアメリカが国際社会で指導力を発揮するのが中心議題だった。G7共同声明にはアメリカの意向を反映し、台湾海峡の平和と安定の重要性も明記された。
民主主義体制が専制主義に比し、より多くの人に富と平等な世界をもたらすとの趣旨で「世界のためのより良い回復(B3W)」との標語の下、経済復興、貧困国への支援、デジタル規範の構築などの目標が打ち出された。対ソ防衛機構であったNATOだが、「2030年戦略概念更新プロセス」で中国を欧州にとっての脅威とした。
内輪もめの解消も図る
同盟体制強化のために内輪もめの解消も図った。ボーイングとエアバスへの補助金、米EU間の報復関税問題解決を推し、天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」では譲歩もした。さらにはアフガニスタンからの撤退、そして米露サミットでは不測の事態を避け安定的な関係構築を優先させたのも全て民主主義同盟の持てる力を専制主義国である中国との闘いに集中するためとみていいだろう。バイデン・ドクトリンが見えだした。(敬称略)
(かせ・みき)