トランプの米国対ハリスの米国
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
進む人種と宗教の多様化
不安募らす白人クリスチャン
米民主党の副大統領候補にカマラ・ハリス上院議員が指名された。移民2世、インド人とジャマイカ人の混血のハリス氏はアメリカの多様性と力を体現している。大統領選挙は排他主義を貫くトランプ大統領の描くアメリカと、ハリス氏が代表する多様性のアメリカの一騎打ちである。
アメリカの「歩く証明」
民主党の大統領候補ジョー・バイデン元副大統領がハリス氏をランニング・メートに指名し、民主党は活気づいた。ハリス氏はカリフォルニア生まれ。「黒人の大学」であるハワード大学からカリフォルニア大学のロースクール卒業後、地方検察官となり、その後サンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官、そして2016年の選挙で黒人女性としては史上2人目の上院議員となった。黒人女性あるいはアジア系女性が副大統領候補になるのは初めてである。
ハリス氏の両親は、博士号取得のためにバークレー大学在学中に民権運動などで共感し、結婚した。父は経済学者で、当時、黒人としては非常に珍しく大学教授になった。母はがんの研究者だったが、差別によりふさわしい職を得られなかった。
ハリス氏は頭脳明晰(めいせき)で検察官、司法長官として培った質問の技能は、新人上院議員であるにもかかわらず、上院の公聴会でのジェフ・セッションズ司法長官(当時)や連邦最高裁判事候補であったブレット・カバノー氏への鋭い追及で、一躍広く認められるところとなった。
明るく前向きな希望溢(あふ)れる笑顔が魅力的なハリス氏は、醸し出す艶(つや)やかさを十分に意識し、人前に立つことも選挙活動も大いに楽しんでいる様子である。実力で積み上げたキャリアはまさにアメリカン・ドリームの実現であり、「移民の国」アメリカの強さを物語っている。ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、ポール・ウォルドマンは、ハリス氏をアメリカの「歩く証明」と表している。
トランプ大統領は同氏が指名されると、ハリス氏は「ナスティー」(嫌な奴)だと形容し、「郊外に住む主婦の皆さん、気を付けないと平穏な生活を乱されます」と述べた。「ナスティー」は女性への嫌がらせに使う差別用語であり、郊外の主婦に対するコメントは、黒人をのさばらせると郊外の白人地域に黒人が移住し地域が乱れる、というアメリカ人ならすぐにピンとくる明らかな人種差別の表現である。こうしたトランプ大統領のメッセージは、アメリカが変貌することを恐れる白人のクリスチャンに向けられている。
今、差別抗議運動が広まっているが、黒人などマイノリティーに対する差別是正を目的とした積極的優遇措置政策が1960年代から徐々に活用されてきた。しかし意図せず、同等の経歴や技能を持つ白人へしわ寄せが起きていた。また産業政策やグローバル化により教育や技能レベルの低い人々が取り残されたが、その中には白人男性が多く含まれていた。黒人大統領の誕生は傷口に塩を塗るようだった。
「自分たちのアメリカ」が次第に消え、肌の色や宗教観の異なる人々が増え社会的地位も得るようになることで、白人のクリスチャンには違和感から恐怖感が広まるのは仕方がないことかもしれない。白人・クリスチャンが建国したアメリカだが、その割合は確実に減っている。昨年には初めて16歳以下では非白人が多数を占め、若い世代では無宗教が増えていることから、白人でクリスチャンは全人口の過半数を割っている。
異質なものを恐れる人々は、たとえクリスチャンでも中南米からの非白人移民が増えること、ましてやムスリム国からの移民が増えることに不安と怒りが爆発する。トランプ大統領の発言や政策は、こうした人々の心を代弁することで支持を得ている。
分断された現状を反映
共和党の支持者の大多数は白人である。一方、民主党は大多数の黒人とヒスパニックの支持を得ている。両党の正副大統領候補の姿は共和党が代表する白人クリスチャンのアメリカと、民主党が表す多様なアメリカをそのまま反映している。どちらも現実であり否定できない。しかしトランプ大統領の分断政策は、互いの声が聞こえないほどに無理解や憎しみを深めてしまった。大統領選挙で国民はどちらのアメリカを選ぶのであろう。
(かせ・みき)