対イラン政策が争点化も
「イランは(さらなる攻撃を)抑制しているようだ。これは関係者全員や世界にとって非常に良いことだ」
ペンス副大統領やエスパー国防長官、米軍幹部が立ち並ぶ厳粛な雰囲気の中、ホワイトハウスで演説したトランプ氏は抑制された調子で声明を読み上げた。
前回大統領選の公約として中東での「終わりなき戦争」の終結を掲げてきたトランプ氏としては、イランとの泥沼の戦争に引きずり込まれる事態はなんとしても避けたかった。自ら「レッドライン(越えてはならない一線)」として引いた米国人死傷者が出ず、緊張緩和に向け舵(かじ)を切れたことに、内心では安堵の思いがあったことだろう。
しかし、緊張が高まるきっかけとなったイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害をめぐり、与野党の対立は続いている。
下院は9日、トランプ政権のイランに対する軍事行動を制限する決議案を賛成多数で可決した。民主党のペロシ下院議長は前日の声明で、ソレイマニ氏殺害についてトランプ政権が議会に相談せずに実行したと指摘し、「イランとの緊張をエスカレートさせることで、米兵や外交官を危険にさらした」と非難した。
法的拘束力がない上、共和党が多数を握る上院で否決される見通しだ。それでも民主党側が推し進めたのは、「衝動的なトランプ氏に国の安全保障を任せるのは危険」との印象を世論に与えることが目的だ。
これに対し、トランプ氏は同日夜にオハイオ州で行われた選挙集会で、軍事的な判断は「一瞬の決定だ」と指摘。「彼(ソレイマニ氏)の居場所を聞き、われわれは決断を迫られた。分別のないナンシー(ペロシ氏)に電話している時間はなかった」と皮肉り、支持者たちから喝采を浴びた。
中東政策をめぐっては、次期大統領選に出馬する民主党候補からも発言が相次いだ。
民主党指名獲得争いで最優有力候補のバイデン前副大統領はイランのミサイル攻撃に先立ち、ソレイマニ氏殺害について「地政学的秩序を崩壊させ、米国とイランを衝突へと導く行為」だと非難した。トランプ氏が米国を危機に陥れる大統領だと断じることで、自身の豊富な政治経験や安定感を浮かび上がらせることを狙ったものだ。
トランプ氏はホワイトハウスで7日、ソレイマニ氏を「モンスター」と呼び、殺害について「誰も文句を言うことはできないと思う。大統領選に勝とうとしている政治家以外にはあまり聞いたことがない」と述べ、民主党陣営からの批判に不快感を示した。
世論調査ではトランプ氏にとって好ましい結果が出ている。8日に発表された米調査会社「モーニング・コンサルト」の調査によると、米国の有権者の47%がソレイマニ氏の殺害を支持、40%が反対した。イランによるイラク米軍駐留基地を攻撃する前に実施されたものだが、賛成がやや上回っている。
イランとの対立がひとまず沈静化に向かったことで、民主党側は攻め手を失う一方、トランプ氏にとっては再選への弾みとなった。
しかし、今後の展開次第では対イラン政策が大統領選の大きな争点に浮上する可能性もあり、中東情勢から目が離せない状況が続く。
(ワシントン・山崎洋介)