黒人票を狙うトランプ氏
米国でも「ブレグジット」が進行中――。こんな議論が米国内で出ている。
ブレグジットとは英国の欧州連合(EU)離脱のことを指すが、米国で起きているのは「ブラック・エグジット」と呼ばれる現象だ。民主党の強固な支持層である黒人有権者が、同党から離れてトランプ大統領を支持する動きが見られる、というのである。
昨年11月に実施された三つの世論調査で、黒人のトランプ支持率が30~35%に跳ね上がった。全体の支持率と比べると10ポイントほど低い水準だが、それでもこの数字は画期的だ。2016年大統領選でトランプ氏に投票した黒人は8%で、就任後の支持率も多くの調査で10%未満にとどまっていたからだ。
トランプ氏には何があっても離れない「岩盤支持層」がいると言われるが、民主党では黒人がそれに相当してきた。レーガン大統領以降、共和党の歴代大統領候補が獲得した黒人票は平均9%。黒人初の大統領を目指すオバマ氏と対決した2008年のジョン・マケイン候補に至っては、わずか4%だった。
民主党と一心同体だった黒人が、なぜトランプ氏に引き寄せられているのか。その最大の要因は、トランプ政権下の好調な経済が黒人社会にも恩恵をもたらしていることだ。黒人の失業率が昨年10月に過去最低の5・4%を記録する一方、賃金も上昇している。
トランプ氏は民主党やリベラルメディアから「レイシスト(人種差別主義者)」の批判にさらされてきたが、同氏の政策はすべての人に恩恵をもたらしていることが、黒人の間でも実感として理解されるようになってきたわけだ。
「この国では今、覚醒が起きている」
ワシントン・タイムズ紙にこう語ったのは、民主党支持からトランプ支持に転じた元NFL(ナショナル・フットボールリーグ)選手、ジャック・ブリュワー氏だ。
ブリュワー氏は、トランプ氏を支持する理由について、「自分の息子、娘の人生を良くしてくれる政策を進める人物の側につく」と説明。これに対し、民主党が黒人社会にしてきたのは「リップサービス」だけだったと失望をあらわにした。
過去の共和党候補は黒人票を獲得するのは無理だと最初から諦めていたが、トランプ氏は積極的に取り込もうとしている。昨年10月に「トランプを支持する黒人の声」という黒人の支持拡大を目指す連合体を立ち上げた。
政策面でも、罪を犯した黒人の若者にセカンドチャンスを与えることに主眼を置いた刑事司法改革や黒人系大学への補助金増額を実施し、黒人社会から評価を得ている。
黒人票の獲得は、トランプ氏の再選戦略で極めて重要な意味を持つ。黒人票の30%までは行かなくても、その半分の15%程度でも獲得できれば、激戦州を制する上で有利になるからだ。実際、前回大統領選でトランプ氏がペンシルベニア州など激戦州を僅差で勝利できたのは、投票を棄権した黒人有権者が多くいたからだとの分析もある。
ただ、一方で、黒人のトランプ支持率はほとんど変わっていないという世論調査結果もあり、実際に黒人の民主党離れがどの程度進んでいるのか、正確には分からないのが実情だ。
それでも、黒人とともに中南米系、アジア系を含めたマイノリティー票がどう動くかは、次期大統領選の大きな焦点。もしトランプ氏が民主党から黒人票を大幅に奪うようなことが起きれば、米政治の劇的な「地殻変動」となる。
(編集委員・早川俊行)











