「プーチン氏は悪事に夢中」

中澤 孝之日本対外文化協会理事 中澤 孝之

米保守政治家が“遺言”
「西側世界の破壊狙う」と批判

 ジョン・マケイン上院議員(81)といえば米国の保守政治家の中でも外交面では最右翼で、プーチン(ロシア大統領)嫌いの筆頭に挙げることができるだろう。昨年7月に悪性の脳腫瘍(膠芽腫(こうがしゅ))と診断されたマケイン議員は、地元アリゾナ州の病院で手術を受けた後のインタビューで、病状について「非常に重篤だ」と述べていた。

 上院共和党の最長老の同議員は、ドナルド・トランプ大統領との確執がよく知られており、最近では、死期の近いことを既に予想してか、自分の葬儀には「トランプ大統領には参列してほしくない。マイク・ペンス副大統領に出席してほしい」との意向を表明したほか、トランプ政権で国務長官に転出したマイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官の後任人事に異議を唱えたことでも、大きな話題を提供した。

 このマケイン議員は、遺言とも言うべき回想録『止(や)まない波:よき時代、大義名分、偉大な闘い、およびその他の見解』を5月22日に出版した。経済関係の米出版社・通信社DJ(ダウ・ジョーンズ)は5月12日に、回想録の中のプーチン大統領に関する記述(エッセイ)を取り上げて配信した。「プーチンは悪人」という刺激的なタイトルである。マケイン氏の見解に同意するかどうかはともかく、米国の保守政治家による具体的なプーチン批判として興味深い。限られたスペースの中で、その要約、紹介を試みたい。

 「(2000年のころに)ロシア駐在英国大使だったアンドルー・ウッド卿からあるとき聞いた話によれば、元英秘密情報部(MI6)職員を知っていて、この人物はトランプ氏の選挙運動チームとロシアの工作員の関係および、プーチン氏が持っているかもしれない次期大統領の名誉に関わる情報について調査するよう命じられていた。(中略)ロシアが米国の選挙に介入したということに、私は仰天した。愛国心を持っている米国民なら誰でもそうだと思うが、私はプーチン氏に、その行為について高い代償を払わせたい、と思った。しかし、次期米政権はそうしようとは思わないのではないか、と心配になった」

 「私はそれまで、トランプ候補によるプーチン氏礼賛に大いに不同意であり、その礼賛はあまりに素朴であり、米国の利益と価値観に対するプーチン氏の敵意を全体としてまともに受け取っていないことの表れだ、と批判してきた。ロシアによる選挙介入にトランプ氏、ないし、その側近たちが積極的に協力したかどうかは疑わしいと私は思っている。しかし、米国の大統領がロシアに弱みを握られているかもしれないのであれば、その可能性がどんなに低くても、調査をしなければならない」

 「多くの米国人や欧州人は、プーチン氏が変わったのは2007年ごろだと考えている。彼はこの時期に、西側が一緒に働くことのできる、現代化を進めるロシアの指導者から、西側、特に米国のことを腹立たしく思っている、冒険的独裁者兼ロシア民族主義者に変身した」

 「プーチン氏がいつの日にかわれわれの民主的なパートナーになると考えるのは、現時点では妄想にすぎない。ホドルコフスキー氏の逮捕の後に私が言ったように、プーチンの魂の中にあるのは『400年にわたるロシアの抑圧を継続する』ということだけだ」

 「私はロシア政府の宣伝を担当するさまざまな機関から、時折ではあるが鋭い批判の標的となった。ときにはロシア政府当局者からの、私の『古い冷戦メンタリティー』を嘆く苦言もあった。私のタカ派的性格に対する警鐘はしばしば、無作為に選ばれたロシアの一般市民の声を装って鳴らされた。この一般市民たちの、疑いもなく本物の実直さや、政治的見解の鋭さを見れば、彼らは選ばれた人びとであることは明らかであった」

 「ウラジーミル・プーチン氏は悪人であり、悪事に夢中になっている。そうした悪事には、米国が主導し、人類に歴史上かつてなかったほどの安定、繁栄、自由をもたらしたリベラルな世界秩序を破壊することも含まれている。彼は、われわれの社会が開かれたものであること、そして、次第にとげとげしさを増す政治的分断がわれわれを消耗させていること、の二つを利用している。彼はこうした分断を広げ、彼の攻撃から自分たちを守るわれわれの能力をマヒさせようと望んでいる。彼はある選挙に介入し、それがうまくいき、止められることもなかった。だから彼はもう一度、それをやろうとするだろう。プーチン氏の目標は一人の候補者や一つの政党を打ち負かすことではない。彼は西側を打ち負かそうとしているのだ」

 ところで、昨年5月30日のメルボルン発ロイター電は、マケイン議員が同日、地元オーストラリアのテレビとのインタビューで、「プーチン大統領は世界の安全にとり、過激派組織『イスラム国』(IS)以上に脅威だ」との考えを示した、と報じた。一方、プーチン大統領は同年6月初めに、オリバー・ストーン映画監督のインタビューに応じ、マケイン議員について次のように語った。「彼は古い世界に生きているが、私は彼が好きだ。これはジョークではなく、国益のために献身する彼の愛国主義に敬意を抱いている」。

(なかざわ・たかゆき)