露・イラン軍事関係の進展
ミサイルS300を納入へ
中東で同床異夢の駆け引き
ロシアとイランは協同してアサド政権を強力に支援し、成果を出しているが、両国はどのような関係にあるのだろうか。ロシア製地対空ミサイルS300の取引を中心に考えてみたい。
2001年、ブッシュ大統領(当時)は一般教書演説でイラク、北朝鮮と共にイランを悪の枢軸として激しく糾弾した。
一方、ロシアは、1979年のイラン革命後、反米のイランと良好な関係を保っている。カスピ海大陸棚の問題等が存在するが、欧米に対して両国は、基本的に利害が一致している。ソ連時代の89年にはソ連・イラク武器売却協定、01年にはロシア・イラン基本条約を締結している。
ソ連崩壊で計画経済から市場経済に移行したロシアは、経済が大混乱した。アメリカの協力のもと、国際通貨基金(IMF)や世界銀行からの支援を得て切り抜けた。従って、イランに対するロシアの武器輸出を規制する米露の「ゴア・チェルノムイルジン合意」(既存の輸出契約は認めるが、新規契約は禁止)(95年)を呑(の)まざるを得なかった。
ところが、プーチン大統領になってすぐの2000年11月、ロシアはイランへの武器輸出再開を米国に通告した。翌01年10月、ロシアとイランは武器売却枠組み協定を結んだ。防衛的兵器であれば問題ないというのがロシアの立場である。国連の経済制裁下のイランにとって、10年間のイラン・イラク戦争後の軍事力整備にロシアの兵器は不可欠であった。ロシアとイランの交易は、イランの石油とロシアの各種製品のバーター取引で、兵器も含まれている。産油国でもあるロシアより、禁輸制裁下のイランにとって益があった。
中東の状況が不安定な中、イランは、核兵器の保有が大きな抑止力となると考え、開発に乗り出した。一方、イスラエルは、中東のある国が核兵器を持つことは自国の存亡がかかっているとして、核兵器を持とうとする国に先制攻撃を行っていた(例えば、81年のイラク原子炉爆撃事件)。
核武装を目指すイランは、イスラエルの空爆に備える必要があった。だが、防空兵器としてベトナム戦争時使用されたロシア製地対空ミサイルSA2ガイドライン(射程40~50㌔㍍)、第4次中東戦争で活躍したSA6ゲインフル(同35㌔㍍)しか持っていなかった。これらは、射程が短く、その後イスラエル空軍も有するようになった航空機からのスタンド・オフ攻撃(敵の防空戦闘距離外からの攻撃)に対応できない。また航空機搭載ECM(電子妨害装置)の改良により有効性に限界が出ていた。
防空兵器として、目標同時交戦能力のあるロシアのS300は魅力ある兵器であった。S300は、米パトリオットに匹敵する最大射程約200㌔㍍の自走式地対空ミサイルである。
07年、ロシアは5個大隊分のS300売却契約(8億㌦)を結んだ。まだ納入に至ってない10年、メドベージェフ政権は、国連安保理の対イラン制裁決議に従ってS300の輸出を中止した。これには、米国とイスラエルの強い圧力があった。
イランは、ロシアの武器輸出企業を国際仲裁裁判所に訴え、損害賠償40億㌦を請求する。15年1月20日、イランを訪れたショイグ国防相は、イランの軍需相と会談、イランの防衛力強化で合意した。懸案だった高性能のS300のイランへの供給も含まれている、と報じられた。15年4月13日、プーチン大統領はS300のイランへの輸出禁止を解除した。これを受け訪露したイラン国防相は、8億㌦で購入する契約を交わした。
15年5月25日、ロシアとイランの外務次官はモスクワで協議、S300を近くイランに納入することで合意した。会談後、イラン外務次官は納入時期について「可能な限り早急に」と語った。
15年11月23日、プーチン大統領はイランを訪問、最高指導者ハメネイ師やロウハニ大統領と会談、イランへのS300輸出契約を結んだ。これで、イランはパトリオットに匹敵する広域をカバーできる地対空ミサイルを現実に手にすることになった。
英ジェーンズ(JDW)誌(15年12月29日)によれば、イランは改良型S300PMU2を16年9月末までに2個大隊分(発射機8基)を受け取る。モジャイスキー軍技術研究所(サンクトペテルブルク)教育訓練センターで、S300PMU2教育過程(4カ月)をイラン軍人80名に対し16年1月から開始、と報じていた。
そして4月17日のイラン軍記念日パレードに、S300PMU2の監視レーダーが登場した(同誌4月27日)。イランの期待感が現れている。ただ、シリアでロシア軍が展開している最新鋭のS400は、生産能力もあってかイランに与える話はない。
イランの核開発をめぐる「6カ国とイラン」との最終合意で、制裁措置が次第に緩和されるが、イランは兵器面では当面ロシアに依存せざるを得ない。一方ロシアは、中東において、サダム・フセイン亡き後、イラン以外に手を組める国は見当たらない。ここに両国の依存関係がある。
だがロシアとイランは、本来、2回のロシア・ペルシャ戦争の歴史があるように同床異夢の関係でもある。すでに、シリアの分割や権益、また中東での影響力をめぐる駆け引きが始まっている。
(いぬい・いちう)