衆参「3分の2」掌握の意味

櫻田 淳東洋学園大学教授 櫻田 淳

究極の選択肢を手中に

経済再生と外交に生かせ

 此度(こたび)の参議院選挙に際して、自由民主党、公明党、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党の4党に無所属議員数名を加えた改憲志向勢力の議席数は、憲法改正国会発議に必要な参議院「3分の2」に達することになった。

 選挙前、筆者は、「安倍一強」という客観情勢を前にして、安倍晋三内閣の息の根を止めるシナリオを仮想したことがある。そのシナリオの一つは、次に挙げるようなものである。

 ①自民党の「改憲」機運をできるだけ増長させる。参議院でも「3分の2」が届くように仕向ける。「改正」発議を政治日程に乗せるのである。

 ②自民党サイドから「改正」の具体的な中身が出てきたら、それに対する反対機運を徹底して盛り上げる。

 ③「改正」案の国民投票での否決に持ち込む。これで、安倍総理には、「改正」を頓挫させた責任が被せられる。「改正」発議も、その後10年は無理になるであろう。

 もし、筆者が野党サイドの参謀ならば、このようなシナリオは当然のように考えた。野党サイドの対応の奇怪さは、「憲法改正が発議されれば、そのまま国民投票で可決される」と自明のように想定していたことにある。故に、民進党ポスターのコピーのように、「2/3をとらせない」という発想になる。その発想には、民衆は御上の下知には唯々諾々と従うものであるという趣旨の「不信」が反映されている。そうした硬直した発想が民進党が期待するものとは逆の結果を招いたのであれば、これは特筆すべき皮肉であろう。

 もっとも、自民党サイドは、衆参「3分の2」を得たとはいえ、実際の発議には、徹底して慎重になるであろう。憲法改正という事業は、「国民投票で否決されたら終わり」だからである。しかも、発議する「改正」案の中身は、自民党色の薄い誰でも否定しないようなものになるはずである。実際、英国の欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票に際して、デービッド・キャメロン(英国首相)が「ブリメイン」(英国のEU残留)という結果を期待しながらも、「ブレグジット」(英国のEU離脱)という事態を招いた経緯は、国民投票付託という政治対応の怖さを鮮烈に世に印象付けた。デニス・マックシェーン(元英国欧州担当閣外相)が「ブレグジット」という事態を評して語ったように、「庶民は頭(理屈)でなく腹(感情)で判断する」のであれば、国民投票に反映されるであろう庶民の「腹」を読むことは、至難の業である。

 筆者は、憲法改正という事業それ自体は、「ポスト安倍」内閣の手掛けるべきことなのであろうと考えている。安倍晋三内閣の使命は、結局のところは、経済の再生であり、それにも拠(よ)って担保された対外「影響力」の復活である。安倍内閣は、対外「影響力」の復活では相応の業績を挙げたとはいえ、経済再生では道半ばといったところであろう。安倍内閣にとって、此度の衆参「3分の2」掌握の意義とは、憲法改正発議という究極の政策対応の選択肢を手にしたことによって、それに至らざる大概の政策対応を採れるようになったということにある。逆に言えば、内治面では経済再生や福祉といったもろもろの政策展開に際して、「大概のことができる」にもかかわらず、「大したことができていない」という印象や評価が付き始めると途端に、安倍・自民党は一転して逆風に見舞われるであろう。このような政治環境の下では、安倍内閣が実際に憲法改正に手を着けられるかは、筆者は懐疑的に観(み)ざるを得ない。

 衆参「3分の2」掌握の結果、安倍内閣の政策展開の幅が拡がったことの効果は、外交・安全保障領域にも反映される。例えば、東シナ海や南シナ海のような日本の周辺海域で日本の安全保障に直接の影響を及ぼす事態が生じれば、時を措(お)かずに憲法改正に踏み込めるという構えを手にしたというのが、憲法改正そのものよりも重要であろうと思われる。例えば、中国共産党政府に対して、「国際社会全般に不安を与え、日本の安全保障に影響を及ぼす振る舞いを続けると、いよいよ日本も憲法改正に踏み込まなければならない…」と牽制(けんせい)の言葉を発する裏付けを手にしていることの意義は、決して小さくあるまい。そうした言葉は、事有るたびに昭和初期の「軍国主義・日本」を批判し、その幻影に囚(とら)われ続ける中国政府に対してこそ、牽制の意味を持つであろう。このようにして、衆参「3分の2」掌握という事態は、それ自体が日本の対外政策上の「力」になるという事実は、留意に値しよう。

 故に、衆参「3分の2」掌握の結果、急(せ)いて憲法改正に踏み込むよりは、それが出現させた政治環境をどのように生かすかが当面、大事な考慮になるであろう。政策展開に際して、「獲(と)らぬ狸(たぬき)の皮算用」のごとき真似(まね)に走ってはならない。

(さくらだ・じゅん)