世界を覆う仲間意識の功罪

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき2絆の一方で部外者排除

多発テロやトランプ現象に

 英国民が国民投票で欧州連合(EU)離脱を選択し、欧州ばかりか広く世界にこれまでの枠組みが壊されることによる不安を広めた。わずか3週間後にはフランスの著名な観光地ニースで若者が大型トラックを武器にバスチーユ・デーを祝うために集まった人々を襲い、84人が死亡した。昨年11月のパリでの同時多発テロでは、さまざまな人種、宗教、国籍の130人が命を落とし、このテロを起こした犯人やその仲間たちが今年の3月にはブリュッセルの飛行場と地下鉄の駅でテロを起こした。

 欧州ではテロとともに難民問題が社会を大きく揺さぶっている。両手を広げ難民受け入れを推奨したメルケル独首相は支持率を落とし、他のEU諸国からの非難の的となっている。ハンガリーやポーランドは難民、特にクリスチャン以外の難民の受け入れを拒絶し、スウェーデンなど当初受け入れに前向きであった国々も大幅に制限しだした。経済の停滞や高失業率とテロはフランスで悪のスパイラルを生み、来年行われる大統領選挙では最終投票に残る2人の候補の1人は、反移民、EU脱退を唱える極右、国民戦線のマリーヌ・ルペン党首になると予測されている。

 アメリカでも移民、特にムスリム系移民が問題となっている。共和党が党大会でドナルド・トランプを党の大統領候補と正式に指名したが、同氏はあらゆるムスリムの入国を拒否する、メキシコ人は殺人や強姦(ごうかん)を犯す、メキシコとの間に塀を設け、メキシコに代金を払わせると豪語し、黒人やユダヤ教徒に差別的発言をしてきた。にもかかわらず、二大政党の一つの大統領候補になった。

 先進民主主義社会にみられる排他主義や度重なるテロ、そしてトランプ現象や英国のEU離脱選択と社会を大きく揺さぶる出来事には一つの共通要因、仲間意識、いわばトライバリズムの功罪がある。

 トライバリズムは日本でも根強い社会現象である。大学の学部の同期、運動部の仲間、県人会などの絆は強い。同期のため、運動部の後輩のためにはひと肌脱ぎ、県人会の飲み会では数百年前の戦いでの群雄の勝利や県代表校の甲子園での活躍に杯を上げる。アメリカにもこうした仲間意識がある。ニューヨーク・タイムズ紙の保守派コラムニスト、デービッド・ブルックスは、小さな町の白人たちに非常に強い仲間意識があり、仲間を守り、それだけによそ者を排除する傾向が強いことを、実体験を描いたJ・D・バンス著「ヒルビリー・エレジー」を引用し、解説している。

 同期、同県という枠組みが強い結束力を生むように、同じ町で生まれ育った同じ人種で同じ宗教の市民たちは、自分たちの仲間や生活様式を守ろうとする。欧州に押し寄せる難民に職を奪われる、テロリストが難民に交じっている、といった恐怖は必ずしも現実にはそぐわない。パリやブリュッセルのテロリストは移民2世であり、ドイツの列車内で斧(おの)を振るった少年はテロリスト組織に派遣されたわけではない。ニースの犯人は宗教心は薄かったといわれる。移民・難民の多くは、地元の人々が就かない職を担っている。しかし難民、特にムスリムは、クリスチャン文化を土壌とするEU市民の生活感を脅かす。

 英国でEU離脱に過半数が票を入れたのはイングランドの北東部、中部であり、離脱を選択した市民の多くが移民の多さを理由に挙げる。しかし、この地方の街で必ずしも移民との衝突があったわけではなく、人口比移民の数が特に多いわけでもない。街を支える工場の働き手には東欧からの移民が多い。移民が増えれば、そもそも限界にきている国民保険制度(NHS)や公立学校への負担は増えるが、一方EU出身の医師や看護婦、掃除婦なしにはNHSは成り立たない。

 フランスのマリーヌ・ルペンは、フランス的価値観や生活を取り戻そうと訴える。移民、ムスリム排除といったあからさまな差別的発言はしなくなったが、「フランス的価値観や生活」で誰もが描くのは白人クリスチャンというトライブ、仲間社会である。英国で離脱を選択した街の多くでは、必ずしも人口比移民が多いわけではないが、短期間でその数が増えていった。トランプを支えるアメリカ人も自分たちのアメリカが脅かされていると怒り怯(おび)えている。

 慣れ親しんだ同じ価値観を抱く人たちの中で昔ながらの生活をするのは誰でも心地が良い。それが侵されることには反発を感じる。ましてやグローバル化やIT化に取り残され、安定的な職が見つからず、子供たちの将来も暗いと思う人々は、「よそ者」を拒む傾向が強くなる。

 一方移民・難民はホスト国社会になかなか溶け込めない。特に欧州大陸国では融合はなかなか進まず差別も目立つ。伝統的地元社会から拒絶され、職もない移民やその子孫の若者がパリのバンリユーやベルギーのモレンベックに集中し、テロの巣窟となっていた。ブリュッセルのテロリストの一人は、追い詰められ行き場もないと自爆テロを決行した。

 トライバリズムは仲間と支え合う絆であるが、部外者を排除する動機ともなる。グループに入れてもらえないという拒絶感は、孤独感や絶望感を生み、過激派の誘惑に惑わされるきっかけとなる。科学技術の進歩、所得の不平等が進む中、新たな仲間意識の絆を作ってゆかなければ政治、社会不安定はますます進む恐れがある。

(敬称略)

(かせ・みき)