露に急接近するイスラエル

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

背景に対米関係冷却化

「仇敵三人組」の脅威解消へ

 ロシアとイスラエルが急接近している。過去1年間、ネタニヤフは「最も重要な同盟国、アメリカ」のオバマとは1度しか会談していないのに、ロシア大統領のプーチンと会談するために4度もモスクワを訪問しているほどだ。

 前回、2016年4月の訪露では、旧ソ連から出国したイスラエル在住のユダヤ移民数十万人に対し、ロシア政府が年金を支払う約束をネタニヤフはプーチンから取り付けている。

 この他には、シリアでの両国の軍事作戦遂行において、偶発的事故を防ぐための調整が行われている。その背景には紛争の渦中、シリアでアメリカが影響力を弱める中、ロシアが逆に力を強めている現実がある。露・イスラエルの急接近は中東の安全保障環境急変を映し出すものと言えよう。

 今回、6月上旬のネタニヤフ訪露は両国の国交再開25周年を記念するものでもあった。

 ロシア(旧ソ連)は1967年の第3次中東戦争以後、長らくイスラエルとの国交を断絶していたのだが、ソ連崩壊の91年に国交を再開した経緯があるのだ。「訪露への引出物」として、プーチンはモスクワの軍事博物館に展示されていたイスラエル軍戦車の返還を約束した。同戦車は82年のレバノン侵攻中、シリア軍により捕獲された後、ソ連に献上されたものだった。この作戦で行方不明となった数名のイスラエル兵が搭乗していた可能性が高い戦車だったため、遺族への配慮として返還されたのだ。

 今回の訪露のタイミングだが、「米・イスラエル関係冷え込み」の中でなされた点は重要だ。ネタニヤフは予定されていたオバマとの会談を最近キャンセルしているのだ。両者の「関係冷え込み」を象徴する出来事は米政府が毎年、イスラエル政府へ提供する援助金額をめぐる軋轢(あつれき)だ。イスラエル側が求める金額の半分しか与えないと言明するオバマの態度は歴代大統領の中でも随分厳しいものなのだ。この減額はヨルダン川西岸でのユダヤ人入植を止めぬネタニヤフ政権への警告なのだ。

 今回の会談の眼目は言うまでもなくシリアにあった。シリアを本拠とする「仇敵三人組」(すなわち、アサド政権とその同盟者ヒズボラと両者の後ろ盾であるイラン)がイスラエル領を攻撃することを防ぐためには、プーチンの支持を取り付けることがネタニヤフにとり急務の課題だからだ。プーチンは「三人組」への効果的圧力行使を行える世界でも稀有(けう)な権力者だからだ。

 イスラエルが懸念しているのはアサド配下のシリア政府軍と、その同盟者、シーア派武装組織ヒズボラが南シリアで新たな攻勢を仕掛けてくることであった。そうした事態となれば、南シリアと境を接するゴラン高原に駐留するイスラエル軍との間で、直接的な戦闘へと発展する恐れもあるからだ。

 シリア政府軍とヒズボラを支援するため、イランが軍事顧問団を派遣している事実。とりわけ、ゴラン高原付近でヒズボラと軍事行動を共にしている事実はイスラエルにとり深刻な脅威だ。イランはイスラエルにとり長年の仇敵だが、両国の間にはシリア、イラクという二つの国が横たわり、これが広大な緩衝地帯を形成してきた。ところが、今や自領の目前に仇敵が出現しているのだ。

 こうした脅威を解消すべく、今回の会談に臨み、ネタニヤフ側が求めた具体的要求は何であったのか。それはイラン製兵器を自派の民兵隊に輸送するため、シリア領内を疾走するヒズボラの車両隊列に対し、イスラエル空軍がピンポイント空爆を行うことへの了解をロシア側から取り付けることであった。

 一方、ロシアにとっても、中東における新たな提携相手としてイスラエルと結ぶことは好ましいのだ。ロシアはシリアでの権益を守る必要上、アサド政権を擁護してきたため、「独裁者の友」として、中東でつまはじきにされているからだ。さらにクリミア併合、ウクライナへの軍事介入によっても国際的孤立を招いている。

 こうした孤立状態からの脱却を図るためにもイスラエルとの提携は助けとなるのだ。事実、プーチンがクリミアを併合した際には、イスラエルは国連によるロシア非難決議には加わらなかったのである。

 さて、両者の急接近にもかかわらず、その関係は長期的な友好関係とはなりにくいだろう。

 あくまで、「米・イスラエル関係冷え込み」の中で成立した点は忘れてはならない。その「冷え込み」とは煎じ詰めれば、クリントン、ブッシュ両政権との過度な蜜月関係の中で、アメリカへのイスラエル側の期待度が高くなり過ぎ、「オバマの冷静さ」が許せないという話になるからだ。男女関係に例えるならば、米・イスラエルは離婚するリスクがほとんどないが故に、不仲となる余裕がある長年連れそった老夫婦といったところだ。一方、ロシアとイスラエルとの関係は、互いの気質を十分見極めぬまま、目先の快楽で一緒になってしまったカップルと言えよう。その関係は随分危ういものなのだ。(敬称略)