逆襲心理が噴き出すロシア
「民主化」に軍事で対抗
オバマ米政権のスキを突く
長年ロシアが望んでいた多極化世界が到来し、中国同様ロシアは、力を前面に押し出した政策・行動を採り始めている。ロシアの考えやその背景について、認めるわけではないが、それを知ることによってわれわれの対応もより良くできよう。新生ロシアになってからの安全保障を主とした軌跡をたどってみたい。
ソ連邦が崩壊し、バルト3国を除く旧連邦構成共和国は独立した。だが、その11カ国により国家でもなく、超国家的形態でもない独立国家共同体(CIS)が誕生した。安全保障においては、共通の軍事空間における統一司令部と核兵器の一元管理を維持することで合意した。とはいっても、それはロシア主導で行われたものである。合意後2週間も経たないうちにウクライナがCIS統一軍に参加せず自国軍の創設を決定、他の共和国も逐次同じ行動をとり、独立国家の道を歩み始めた。統一軍構想は最終的にロシアが独自軍を創設することにより消えてしまった。
共産主義を脱し、新しい道を歩むという熱気に満ちあふれたロシアは、米国の新自由主義経済学者の主導の下、市場経済化を急激に進めた。だが、二千倍もの超インフレに見舞われ、ロシアを構成する共和国はそれぞれの主権を主張、多くを獲得し、混乱を極めた。その結果、1998年には債務不履行による国家破産状態にまで到った。親欧米で知られるプリマコフ元首相も回想録で、西側の仮借のない、身ぐるみを剥ぐような行動を非難している。経済面だけではなく、1999年、米国をはじめとするNATO軍がセルビアに空爆を始めた(コソボ紛争)。プリマコフ首相は、空路米国を公式訪問のため大西洋上にあったが、その報に接し、空爆という侵略行為に抗議してモスクワに引き返したこともあった。
ロシアはモンゴル、フランス、ドイツ、ポーランドなどに攻め込まれた歴史をもち、安全保障に非常に敏感である。力を信奉するロシアだが、その裏返しとして300%の安全保障を求めるほどの不安心理を持っている。
ソ連封じ込め政策で有名な元外交官J・ケナンは、冷戦が終結したとき、負け犬を過度に追い詰めることは避けるべきだと主張した。例えば、北大西洋条約機構(NATO)の東欧諸国への拡大には否定的であった。現実は、東欧諸国やバルト3国へNATOは拡大し、ミサイル防衛計画は推進されている。
先に触れたコソボに続き、米国のイラク戦争(2003年3月)も国連を無視したとして露米関係が険悪になった。
さらにグルジア・バラ革命(03年)、ウクライナ・オレンジ革命(04年)、キルギス・チューリップ革命(05年)、中東では「アラブの春」現象が生じた。この「民主化」運動が自国に波及する可能性をロシアは懸念した。
これらの政変の多くは、米民間人の資金やNGO組織・民間軍事会社に支援された大衆行動である。特にウクライナの政変では、選挙で選ばれた大統領に対するデモが起き、これに便乗した暴力的扇動による政権転覆である。このような政権転覆の波及を恐れ、ロシアは14年末、軍事ドクトリンを改正した。ドクトリンでは、外国の特殊機関の破壊活動、民間軍事会社の活動、正統な政府の転覆などを軍事的に危険なものと明記した。
プーチン大統領は、往時の原油価格高騰の神風に恵まれ、ソ連邦解体は悲惨な出来事と表明し、強い大国復活を掲げ行動した。
ロシアは、民間軍事会社も関与したグルジア軍の攻勢に対し、アブハジアと南オセチアでただちに反撃に打って出て、両地域を独立させた。ほんの数カ国しかこの「国家」を承認していないが、経済負担も省みず直接管轄下に置き、経済・軍事支援を行っている。
ウクライナでは、オバマ大統領の弱腰姿勢を見て取り、武力行使を併用し巧みに攻勢に出た。ロシア系市民の意思を尊重(住民投票)し、議会の手続きを経てクリミアを併合した。また、ウクライナ東部の独立派をロシアは物心両面で支えている。
最近の中東諸国の多くの政変は米国の支援で成就した。ところが、その後は治安が乱れ、混乱状態に陥っている。何のための「民主化」だったのか、と米国をはじめ西欧諸国の「民主化」の動きを否定している。
特にシリアでは、米国の14年からの空爆は効を奏しておらず、選挙で選ばれたアサド政権をイランとともに支持、IS(自称「イスラム国」)を含む反政府勢力打倒のため、昨年9月からは空爆による軍事支援を行い、政府軍が優勢に立っている。1月末から始まった国連による和平交渉は難航、ロシアの空爆に支援されたシリア政府軍などの攻勢がさらに強まっている。
オバマ大統領在任中に、ロシアはできるだけの勢力拡大を計ろうとしている。最近は原油価格の低落を受け、経済は大きな打撃を受けているが、プーチン大統領はこの好機は逃せないと考えているようだ。ISへの対応や難民問題の深刻化もあり、西側は劣勢に立たされている。
(いぬい・いちう)