原油安で流れる露軍事技術

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

中国軍質的向上の恐れ

最新装備のコピーも黙認か

 新春は、中国経済への不安感から全世界的な株安でスタートした。そのような中、世界的には原油安という大きな流れが並行し、この影響は極めて大きい。一般に経済・金融面からの論評が多いが軍事面においても大きな影響があることから所見を披露したい。

 原油価格は長期にわたって1バレル100㌦の高値が続き、産油国は財政的に恵まれた時期を過ごした。元々オイルマネーという潤沢な収入があった湾岸諸国は勿論だが、経済的に苦しかったロシアの財政回復は軍事上大きなインパクトであったと言える。世界の安全保障上問題となっている過激派組織IS(「イスラム国」)の資金源も、油井地帯を実効支配し、裏ルートで石油を流通させているものによると言われている。トルコ・シリア国境地帯で、原油輸送のトラック群をロシア機が攻撃する映像が公表されたが、なるほどと思わせるものであった。

 そんな中で、昨年の石油輸出国機構(OPEC)総会で、主導するサウジアラビアが減産による価格回復の選択をせず、原油安を甘受した。多々理由があろうが、最も大きなポイントは次世代エネルギー源であるシェールオイル、シェールガスの開発技術が進み、北米大陸を主体にその生産が進んでいることであろう。

 シェールガスの供給量は米国で天然ガスの20%を超え、20年後には天然ガスと同量の産出量になると見込まれる。世界的な経済減速の情勢下、OPEC各国は供給過剰覚悟で価格を抑え、次世代エネルギーの開発がペイしない状態を維持していくのが得策とせざるを得なかったのであろう。また安い原油は、IS資金源の締め付けに有効な対策であると言えよう。

 原油安は取りあえず、産油国側にはかなりのマイナス、輸入国にとってはプラスの効果がある。輸入国では、我が国はじめその恩恵を享受する。輸出国側は先ず湾岸諸国が挙げられるが、長期にわたるオイルマネーの蓄積、社会・産業基盤の充実から、マイナス効果は吸収可能であろう。ベネズエラ、ナイジェリアなど石油輸出への依存度が大なる諸国は、かなり大きな負担を負うと見られる。

 特に注目はロシアである。財政窮乏の危機からここ10年、原油高の持続により、豊富な天然ガス輸出により、立ち直ってきた経緯があり、原油安の影響は大きいものと論評されている。ウクライナ問題により欧米より経済制裁を受けている関係上、ダブルパンチと言えるであろう。

 そこで対策として浮上しているのは、中国との交渉である。先日ロシアからパイプライン経由による中国へのガス供給が調印された旨報道されたが、財政悪化を受けて軍事技術の取引も加速されると推察される。一般に中国の軍事技術は、独自の研究開発も盛んではあるが、最先端の装備はロシアからの導入が主体である。完成品輸入、ノックダウン、ライセンス国産等の形態をとるが、これらをコピーして国産品と称するのが特徴である。知的財産の特異な解釈と言えるが常態化している。空母、戦闘機、艦艇、ミサイル等多岐に及ぶ。

 しかし、この方式の泣き所は、コピー生産の悲しさである「本来の性能が得られない」現実に直面していると考えられる。例えばジェット戦闘機用のエンジンについて、輸入品のデッドコピーを生産しているが(太子エンジン)、十分な出力、レスポンスが得られてないと見られている。これらのコアー技術の取得、さらには建造中の空母関連技術、交渉中と伝えられる最新のSU35戦闘機の導入など、中国にとって喉から手の出るような軍事技術は山積している。おそらくは、原油安に伴う財政悪化対応の一環として、ロシアはかなりの最新装備と先端軍事技術を「輸出」するであろう。

 中国の軍拡は、25年ほど前からそのピッチを上げてきたが、折からソ連崩壊による軍事技術の流出が大きく寄与している。そして近年、ウクライナ紛争における欧米の対露制裁に巧妙に立ち回った中国は、軍事技術の取得に効果を上げ、今度は原油安による経済減速の陰でロシアから一層の技術取得に成功すると見られることから、中国は運のよい情勢にめぐり合わせていると言えよう。

 さらに、長期にわたって展望すると、シェールガス、シェールオイルの生産は、米国を先頭に確実に進捗すると考えられるが、現在公表されている埋蔵量は、ガスにおいては中国が群を抜いており、オイルにおいても世界第3位の地位にある。おそらくは、30年、50年のレンジで、中国はエネルギー産出大国となるであろうことは、想像に難くない。

 しかし、現在の技術では、シェールオイル・ガスの採取は、深深度、頁岩層の特異性、採油口をオイル層に沿って90度偏向して掘り進むなど極めて高度な技術を必要とし、バレル換算50㌦以上の経費は必要とされる。我が国期待のメタンハイドレートも、1バレル相当のエネルギー採取に1バレル以上の石油が必要と言われ、原油安に対応できる状態ではない。

 当面、イランの石油輸出が解禁される情勢下、原油安は継続し、既存のエネルギー供給体制が維持されると考えられるが、ロシアの武器、軍事技術輸出などにより、安保・軍事面から不安定化が懸念され、特に中国の軍事力の質的向上が進むであろうことから大いに注目していく必要性がある。

(すぎやま・しげる)