「一つの中国」拒否した台湾

NPO法人修学院院長・アジア太平洋交流学会会長 久保田 信之

久保田 信之難問に挑む蔡次期総統

日本と海洋国の本領発揮を

 台湾の総選挙は予想通りとはいえ民進党の大勝利で終わった。台湾人の良識を高く評価し、心からの祝辞を述べたい。

 しかし、今回示された選挙結果に喜んでいるだけで、蔡英文新政権が直面せざるを得ない「多種多様な内憂外患」に目を向けないようでは、台湾を自分と身近な深刻な問題とは考えない「単なる傍観者」とのそしりを禁じ得ないと思う。台湾の現状を真剣に多面的に考えることこそ、台湾を心から愛する者の務めだと言いたい。

 そうした視線で、蔡英文女史が直面するであろう難問を抽出すると、根本は、言うまでもなく中国との関係を如何に整え直すかである。中国に呑み込まれるのでもなく、突き放すのでもない、『現状維持』こそ、台湾人の総意である。この民意を、馬英九氏は無視したことが今日の惨状を呈した原因である。

 習近平氏は、何ら正式な記録もなく、香港で開催された会談の責任者であった辜振甫海峡交流基金会理事長をはじめ李登輝先生すら「合意などない」と否定しているにもかかわらず、1992年の中台一国合意、すなわち『九二共識』を認めなければ、現状維持はできない、と強硬に主張している。蔡英文女史は、終始まことに冷静で賢明に対応しており、「いずれ民意が決めること」と突き放してきた。しかし、心配なことは、馬英九氏が総統職にある5月までの間に、この「一つの中国」の原則を承認してしまう恐れがあるということだ。

 中国の常套手段「無から有を創り出す」の餌食に台湾がならないためにも、「台湾と中国の将来」について日本政府は言明を避けるべきだ。事を祈るのみだ。

 蔡英文氏が直面する第二の難問は「台湾の経済の再生」である。今回の立法委員選挙でも若者が新党「時代力量」に引き付けられた要因である「若者の失業率12%」問題は、低賃金と高失業率という「台湾経済の低迷」という難問の一部なのだと言いたい。10年間で3倍にもなった不動産価格の高騰は、経済格差を生み出して活力の源泉である「中間層」を締め付けている。

 その他、蒋介石政権以来、長きに渡って守られてきた「公務員優遇政策」「役人天下制度」は財政を大きく圧迫するもので、もはや維持しきれないものになっているのだ。地方政府の財政破綻は深刻である。現に、苗栗県では契約職員の半数以上の採用を停止したとのことであるし、軍人対策も深刻だ。特に、最も優遇されてきた軍人年金制度は破綻をきたしているし、老朽化の一途をたどる軍人の住宅問題など、国の財政を圧迫している問題の解決が強く求められているのである。

 司法制度の矛盾解消も、新政権に強く求められる課題である。

 その他、馬英九氏の失政から生まれた「台湾国内の悩み」は、いずれも、蔡英文新体制に重くのしかかってくるであろう緊急課題になることは想像に難くない。

 さらに第三は、かつては防衛をアメリカに大きく依存し、経済発展もアメリカ依存であり、人材育成・教育においてもアメリカ一辺倒になっていったことだ。いわゆる「国際化」とか「グローバル化」とは、すなわち「アメリカ化」を意味し、「祖国台湾」といった「強い帰属意識」を持たない台湾人が増殖され、経済界、官界、教育界を席巻した時代があった。

 しかし、アメリカの主流が「世界を支配する」勢力から「調和を求める」勢力に変わり、かつてのような「超大国」ではあり得なくなるにともない、世界の目は、13億人の中国市場、そしてチャイナマネーに引き寄せられていった。

 すると今度は、アイデンティティーが乏しい台湾人は、急速に「中国頼み」に走りはじめた。李登輝氏は総統時代から何度も「中国への急速な傾斜は危険だ」と諭したが、それを無視して「中国には逆らえない、中国のご機嫌を損ねては台湾の存立は成り立たない」と、中国にひれ伏す台湾人が増えたのだ。

 しかし次第に、大陸との人的交流が活発になり、中国内部の多様な情報が安易に入手できるようになるに伴い、台湾人が最も恐れる「非合理な強烈な権力統制」を随所で実感するようになり「中国の独善的体質の恐ろしさ」を香港からの情報でも知るようになった。

 わが身の将来を考える若者は、あの「ひまわり学連」が示したように、「強大な国に追随すること」を拒否して今回の総選挙に勝利した。日本の民間企業への期待は大きい。

 こうした精神的遍歴の中で誕生した蔡次期総統の課題は、「中国に大きく依存すれば平和と繁栄は確保される」といった残存する概念を如何に克服するかである。「独立」とは他国から離れ「孤立」することではない。「超大国との距離を保ちながら、多様な交流をし続けることから、自国の生存と繁栄を模索すること、これが主体性を維持する道」なのだ。

 「大陸国家中国」とは本質的に異なる「海洋国家台湾」の本領を発揮して、アジア太平洋諸国の生活環境の整備、質の向上に貢献できる国に脱皮すれば、独裁中国への依存もおのずと解消されよう。この道こそ、我が日本が歩んで来た道であるから、日本との協調を不動にする道であると強く言いたい。

(くぼた・のぶゆき)