英新首相とEU離脱への疑問

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬みき

国民の過半数の同意なし
問われる議院内閣制の在り方

加瀬 みき

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬みき

 英国でボリス・ジョンソン政権が誕生し、10月31日の欧州連合(EU)からの離脱に向け突進している。しかし、そもそもジョンソン氏が首相になった経緯、そして同首相が目指す強硬離脱は国民が望むものなのか、民主主義にのっとったものなのか、英国の議会民主主義制度の在り方も激しく議論されている。

16万人が国の将来決定

 5月にテリーザ・メイ首相が保守党党首の座を退き、後任が選出され次第、首相の座も降りると発表した。6月には党首選が始まり10人が立候補した。保守党の規定で、まず保守党議員が候補者が2人になるまで投票を繰り返し、その後、保守党員が投票で党首を決定した。

 党首には強硬離脱派が選ばれることは最初から決まっていたと言える。保守党党員は約16万人だが、その7割が男性、約4割が65歳以上である。クイーンメアリー大学が各党党員の調査プロジェクトを行っているが、それによれば、保守党員の97%が白人(英国国民全体では86%)、平均年齢は他党より高く、18歳から25歳は15%、女性はその内わずか15%、そして多くが中産階級である。

 党員を対象としたユーガブ社調査によれば、党員の54%が「保守党が破壊されても離脱すべきだ」と答え、「党の保身の方が離脱より重要」と答えたのは36%であった。さらに63%が「ブレグジットのためならスコットランド独立は払う価値のある代償」と答え、61%が「ブレグジットによる経済への悪影響も受け入れる覚悟がある」と述べている。

 一方、英国人の5割が「合意なき離脱は悪い結論」、25%が「良い結論」、13%が「受け入れられる妥協案」と回答している。しかし、上記の調査プロジェクトによれば、保守党員の6割近くが、新たな国民投票やメイ前首相がEUと結んだ合意より、合意なき離脱を望んでいる。しかし、党員の数は有権者のわずか0・5%である。党首を党員や党議員が選び、それが与党であれば、その人物が首相になるのは議院内閣制の常であり、一方、強硬離脱を主張し続けたジョンソン氏が党首になるのは党員構造から明らかだった。しかし、英国の長い将来を決める決断が16万人に委ねられていいものだろうか。

 総選挙という選択も難しい。2010年の総選挙後、保守党と自由民主党の連立政権が樹立、政権の安定を図るために議会任期固定法が制定され、15年以降、内閣の解散権が制約され、総選挙は5年ごとと定められた。連立政権の安定という短期的目的のみのためであり、中長期的配慮はなかった。

 任期終了前に総選挙を行うためには、不信任決議または庶民院(下院)の3分の2の賛同が必要である。しかし総選挙は保守党にとってはリスクが高い。そもそも前回総選挙で過半数を得られず、北アイルランドの民主統一党との閣外協力でどうにか過半数を確保しているが、補欠選挙等の結果、現在、野党合計よりわずか1議席しか上回っていない。ジョンソン首相が強硬離脱を前面に打ち出したため、それに反対する保守党支持者は他党に逃れるか、少なくとも保守党に投票しない恐れがある。

政府不在のまま離脱も

 ジョンソン首相や側近は他の道も思索していると思われる。不信任が決議された場合、14日以内に議会の信任を得て代替内閣が成立しなければ、首相が総選挙の日にちを決められる。つまりジョンソン首相は総選挙を10月31日以降に定め、政府不在のままにブレグジット日を過ぎることができる。現状では離脱日が英国とEU間の合意で定められているため、それを伸ばす、あるいは離脱そのものを取りやめるためには、まず議会で過半数の承認が必要である。さらに後者の場合、国民投票と異なるため、新たな国民投票あるいは総選挙が求められるだろう。しかし離脱を選択してから3年の間に離脱の在り方にも、あるいは国民投票のやり直しにも過半数の賛同は得られていない。

 総選挙を10月31日以降にし、議会が英国の歩む道の選択に何の影響も与えられないようにし、国民の過半数の同意を得られない強硬離脱が起きてしまうのは、国民の意思に従うことなのだろうか。予測外のブレグジットは英国の議院内閣制の在り方そのものを問うことにもなっている。

(かせ・みき)